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2004年11月03日

旧友再会・・・我が恥多き大学時代を回想しつつ。

吉田拓郎の作品に「旧友再会フォーエバーヤング」というのがあります。
拓郎、頭ヘンすぎ。「ForeverYoung」だとこれはB・ディランの作品になりますが、拓郎もかつては和製ディランなどと呼ばれてた時期もあった・・・らしいです。「らしい」というのは、1968年生まれの管理人にとって拓郎の「フォーク界のプリンス」だった時代はリアルタイムではないのでよく知らないし、同じ理由で、よく知ってるなどと言っちゃうのは非常におこがましい行為のように思えるからです。

決してリアルタイムで「拓郎フォーク人気全盛期」を知ってるわけでもないのに、管理人はかつて拓郎に強烈に、思いっきり、全身全霊でハマってた時期があります。

・・・人間は生まれてから死ぬまで、できればまんべんなく誉められ、まんべんなく持ち上げられ、同時にまんべんなく恥をかいて過ごしていきたい・・・それが最もヘイワな生き方だと思うのですが、思い返すと管理人は小~高校まで、比較的「恥」の少ない人生を送ってまいりました。
「恥」を「恥」として認識できるほど賢くなかった、ってとこだと思われるのですが、なにしろあんまり「恥をかいた」記憶が無いです。
で、その分の「つけ」をまとめて払ったのが大学時代でした。
本来大学生活の4年間で支払うべき分に加え、小~高校時代の分もまとめてこの時期に返済したような気がします。
なにしろ大学時代、管理人は毎日毎日恥ばかりかいてたような気がします。

管理人が最も拓郎にハマってたのが正にこの大学時代でした。
ですので、今でも拓郎の各アルバムをなんかの拍子でつい聴いちゃったりすると、あのイマワしい大学時代の事どもが胸中にやおらよみがえり、「アナがあったら入りたい」とかそんな言葉じゃ言い表せない程の陰鬱な気持ちになります。
実際、今回このエントリーとして駄文をモノしてる間も、最初の一行目を書いた段階から今まで、実にイヤ~な気持ちでいます。
(具体的にどんな「恥」だったのかは書きません。墓場まで持っていく所存です。)
なにしろそんなわけで、管理人は出来るだけ拓郎を避け、当然ながら大学時代の事どもからも目をそむけ、して現在まで来ています。

今回、上のような駄文をダラダラ記しかというと、今日(もう「昨日」だけども)、大学時代の友人から突然電話が来たんです。

今日ワタシは、昨日(もう「おととい」ですが)書いたエロビデオ制作会社で仕事してまして、電話をもらったときは丁度男優のチ○コと女優の○○○にモザイクを入れるという極めて高尚な仕事をしてる最中だったのですが、携帯に見慣れない番号からの着信を確認、出てみると、そいつだった、というわけです。
電話に出て、彼が名乗った刹那から、・・・「走馬灯」など実物見たことありませんが、おそらくそれのように、ワタシの脳裏には、あのイマワシい、恥多き時代のあれこれが駆け巡りました。

彼・・・H氏は、当時からワタシも含めた周囲と比べ、頭ひとつ抜け出た存在でした。
才能と、それを具現化するだけの行動力。
ワタシはめったに他人の才能や業績に嫉妬したりしないのですが、彼のモロモロはそれに値するものだと思います。
彼がなんか映画つくるってんで、ワタシもなんどか家に行ったり、あれこれ手伝い(ジャマ)しに行ったりしたもんです。

この不況下、ワタシも彼も、どうにか初志貫徹、映像の世界で食っていけてます(いまのところ)。
ワタシの方は、大学時代に卒業後の分もいくらか「貯金」してたのか、最近はあれほど恥もかかなくなりました。
彼はワタシの何倍も活躍しておられる様子です。

これが大学卒業後数年、なんていう時期ですと恥の記憶も生々しく、とてもメールなど出す気になれないと思うのですが、考えたらあれからもう16年?17年?それくらいの時間が経過しています。

もう「恥」も時効かな、ということで、これから彼にメール出そうかな、と思ってるところです。
追記。

明日にでも、昨日書いたS・Mさんや、男優さんのことでも書こうかな、と思っております。

投稿者 kome3 : 2004年11月03日 03:54