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2005年09月13日
雑感。そしてまたちょっとだけオグリさんのことも。
いつまで経っても請求書送ってこないので、どうしたのかなぁ、などどノンビリ構えていましたら、別の懇意にしている会社の営業マン氏いわく、目下損害賠償訴訟中でタイヘンなことになってるらしい、とのこと。
なんでも2000マン円ほどの賠償が・・・ってなことになってるらしい。
他人事じゃありません。あそこも我が社同様、それほど大きな会社ではありません。ゆえに2000マンって数字は決して「はした金」ではないはず。
モノを作って納める、という仕事、その納めたものが決定的且つ致命的な欠陥があり、またそれを挽回する時間的・金銭的余裕が無かったら、誰しもそんな憂き目に遭うことになります。
また同時に、世の中には悪い奴も多いので・・・イバラの道のりであります。
そういや数年前、タイミングを完全に無視して会社を辞め、ある意味気ままに一人でモノを作るスタンスになり、ボチボチ活動を始めたかな?いやまだまだだな、みたいな頃、ほぼ無意味なインネンを吹っかけられて結局金を取りっぱぐれたりしたことがありました。
怖いなぁ、いやホント怖いです。先々なにがあるか、なにが我が社を待ち構えてるか、皆目見当がつきません。
先日逝去されました、林由美香さん、彼女はデビュー当初を除いて、その長いキャリアの大半をいわゆる「フリーランス」という立場で渡ってこられたそうです。
大したモンです。
いわゆる裸仕事の娘が、特に際立った後ろ盾も無く、長年フリーランス=一人でやってくというのは、ハンパなことではない・・・なかったはずです。
「裸仕事の娘」の周辺・・・とりまきは、ほぼ100%悪人ですから。
以前にもここで書きましたが、彼女はAV嬢であり風俗嬢であり、また映画女優であったり、実にいろんな「顔」を持ってたわけですが、どれもすべて「林由美香」であり、それ以外のナニモノでもなかった、という、実に本来の意味で「素直」な方でした。
私との会話でも、またその後現在まで様々なメディアによるetcでも、彼女の言葉には、驚くべき事にほとんどウソがありませんでした。
自慢でもなく、また卑屈でもなく露悪的でもなく、ただひたすら、そこにあったこと、そのとき思ったことを、いつでもそのまま吐いてらっしゃいました。
往々にして「素直」である、ということは、ワルモノに付け込まれるスキが盛り沢山、てな感じだったりし勝ちですが、彼女の「素直さ」は実にスキの無い素直さでした。
それゆえ10年以上も「林由美香」でいつづける事が出来たのかもしれません。
私がホンのチョッピリだけ彼女と接点を持ったのは、まだAVデビュー前の、彼女が16歳の頃だったです。
確かどっかでいわゆる水商売してたはず。
不良少女でもなく、いわゆる「お嬢さま」でもなく、当時から唯一無二の「林由美香」だったように記憶しています。
淋しがりの娘だと聞いてたのですが、同時にそれほど他人との折衝に拘泥することもなく、フシギなマイペースさを持った娘でした。
・・・マイペースを崩しちゃいけないですね。
単にズーッと同じペースで、という意味ではない。なにをするにも、自分が完全に納得できないもの・咀嚼しきってないことをしちゃいけません。
ヘンに欲をかいてはいけない。また、ヘンに臆病になってもいけません。
あくまで自らの心の命ずるままに、赴くままに行かねばなりません。
オグリさん・・・林由美香さんはそうだった。
投稿者 kome3 : 02:36 | コメント (0) | トラックバック
2005年09月03日
長谷川町子全集を購入、その他。
我がサイトにも「今風遊び心」を導入、ということで、blogペットなるものを貼ってみました。
トップページ左、枠内のパンダをクリックすると、なんだかしゃべります。
当サイト内の文中から任意に単語etcを拾ってくるんだそうで、なんだか「バーチャルリアリティな感じ」です。
ただ、今のところ、「少女ー!」とか「壊滅ー!」とか、「悲観的ー!」「未成年とヤるー!」など、ロクな言葉を話しません。実にイヤな感じ。
それはともかく、このほどYahoo!オークションでもって、長谷川町子全集を購入してしまいました。
してしまった、というのは、これが典型的な衝動買いであったからなわけですが、それはともかく、いやはや、どれもスバラしい。
当サイト管理人は長谷川町子作品ファンでありマニアであることを自認しておりますので、それ故この度までこれを買わずにいたことに、大げさでなくかなり罪の意識を覚えたりしてたのですが、そんな罪悪感からもこれで開放。
その作品群のスバラしさについては、私のような若輩者が語るにはもったいなすぎるので多くは語りませんが。
が、これは世代や男女の別を飛び越えて、すべての日本国民必携必読の書である、と、これだけは言えます。言っても許されようぞ、と。
そんなわけで内容については詳しく書きませんが、興味深いのは、作中に描かれている「昭和」の生活。
描かれた時期にもより、ある時は講和主席全権の帰国を喜び、ある時はド・ゴールの敗北が話題になり、建国記念の日に反対する若者がおり、それを見て嘆く親の世代がおり、青春時代を戦争で棒にふった(とサバを読む!)主婦がおり、また、どの家にもフロが無く、結婚披露宴は当たり前のように自宅や下宿先で行われている・・・などなど、激動の時代を通して連載されてきた新聞漫画ならではの、生の歴史書・民俗が、当たり前と言えば当たり前ですが、実にリアルに描かれています。
当サイト管理人は当年とって37歳でありますので、昭和から平成の両時代について、いわゆる「物心のついている状態」でまたがっております。
ですので、たとえば「サザエさん」「エプロンおばさん」で描かれている時代に対して、ある程度は実感することができます。
そう考えると、ワレワレの世代が、この諸作品を実感をとともに楽しむ事のできる最後の世代なのかも知れません。
これはまぁどうでもいい話なのですが、例えば「サザエさん」、この作品、右翼的と言ってはあまりにも極端すぎて正確でなくなってしまいますが、やや「保守」的な傾向が間違いなくあります。
少なくとも左寄りではなかった・・・連載されていたのが朝日新聞だったことを考えると、ちょっと意外だったりします。
当サイト管理人が勝手に考えておるだけではありますが、バブル初・中期くらいから、それ以前ほど、例えばなんでもかんでもアメリカべったりだったり、なんとなく体制批判しないと落ち着きが悪かったり、といったような、いわゆる「中道やや左」な傾向が薄まってきているような気がします。
このことを主に東アジアの諸外国では、日本の軍国主義化傾向、などと評したりしているようですが、そこまで言わなくても、とにかくそれまでの「中道やや左」よりは多少右車線に寄り気味であることは間違いなさそうに思います。
逆に「サザエさん」が連載されていた当時(主に後期)は、妙な表現ではありますが間違いなくこの「中道やや左」の最盛期だったはずなので、実は「サザエさん」は連載当時、世相において微妙な違和感を持って迎えられて然るべきだったのでは、と思います。
アニメの方の「サザエさん」が純粋無垢なホームコメディであるので、こういった原作の独特な批評性、思想はなかなか注目されることは無いようですが、どうしてどうして「サザエさん」はそれなりにアクの強い作品であります。
同じ作者の作品に「いじわるばあさん」というのがあります。これは「サザエさん」など他作品より以上に、全国民必読です。
「高齢者」に関する問題が深刻化(実はずっと昔から深刻だったはずなのですが)している今だからこそ、必読、と。
高齢者の、高齢者であるがゆえの孤独、間近に迫る死への漠然とした恐怖と諦念、また、高齢者を取り巻く未高齢者(誰でも生きてればそのうち高齢者になるので、「非高齢者」とは書きたくない感じ)の怠惰と、欺瞞と、偽善と・・・いわゆる「高齢化社会の問題」の諸々がこれほどビビッドに表現されてる作品はありません。
「いじわるばあさん」が「いじわる」なのは、決して単に「いじわる」な人だから、というばかりではないのです。
上記したような要因により彼女は半ば必然的に「いじわるばあさん」化しているのです。これはおそらく作者も意識してそう描いてるように思います。
この辺を理解しなければ、「高齢化社会」という時代・社会への本質的な理解も叶わない、と思います。
・・・ま、そんなわけで、この本たちだけは、皆さんも大枚はたいて買うべきですよ、と。