2007年01月19日
日々雑感。
いきなりですが、アート・バックウォルド氏が亡くなったそうです。
当サイト管理人はいわゆる「翻訳モノ」ってのはほとんど読まないのですが、氏とボブ・グリーン作品だけは例外で、濫読してた時期があります。
読まない・避けてる(?)理由は、なにしろ翻訳者を信用しない、という事だったりするのですが、この両氏の作品の訳者氏は例外的に信じられるというか、元文のエッセンスをちゃんと伝えてくれてる・・・ような気がします。少なくとも私にそう思わせるだけの力量がある、と。
閑話休題。
以下は、この年末年始における、当サイト管理人の「雑感」です。
一部、限りなく私信に近い内容もありますが、それはそれで。
■年末年始、「机上風景」様の忘年会・新年会に参加しました。
新年会において、しゃべりかけたタイミングで店員が会場個室に来てしまい、中途半端で終わった話がありまして、どうにも気持ち悪いのでここに書きます。
その1。
「乾かせないもの」のユチカがハナ肇のキャラとカブる、というのは、これだけだとちょっと不正確で、なにも新春かくし芸大会のブロンズ像やクレージーのバンマス像と似てるとか言ってるわけではなく、あくまでも山田洋次監督諸作品の中においてハナ氏が演じているキャラクターのあり方に近い、という意味なのであります。
具体的には、「いいかげん馬鹿」「馬鹿が戦車(タンク)でやってくる」「なつかしい風来坊」でのそれであります。
生まれてこの方30余年、いろんな場所で、且ついろんな形態でもって、「自分の意見を述べる」という行為を為してきましたが、これほど誰からの賛同を得られなかった経験は無い。皆無。ゼロ経験値。
でも、ホントにそうなんだから仕方が無いです。
その2。
18歳未満には「インターネット」などに触れさせてはいけない、という事柄については、
http://www.ageof80s.com/mt/archives/000014.html
ここに詳しく書きました。
最近ではさらに、もう18歳未満はTVも観ちゃダメなんじゃないか、と思ったりしてます。
■中学時代の同級生らと、忘新年会に参加しました。
2次会はカラオケBOXだったのですが、・・・あのね、カラオケで「メドレー」はいけません。ダメね。長いからね。
また、特に「ビートルズメドレー」はいけません。ギターソロが長すぎる。
■当blogの設置してあるサーバの管理会社から、CGIが暴走している旨の連絡が来ました。
しかし、別にループしてたりするはずもなく、なんでかしら?と調べて見ましたら、当blog、新年のある日1日のアクセス数が、24時間で数万ありました。
さらに調べてみると、みんな某芸能人及び某有名人氏の名前で検索して来た人でした。
サーバが飛ぶほどのアクセスってスゴいなぁ、と思いましたが、考えたら単にサーバがショッパいだけかも。
■亀田長男が、L・フライ級の王座を返上したそうです。
かくして彼は、その階級の世界王者でありながら、ナチュラルなL・フライ級の選手と全く戦わないまま王者生活を終える、という次第になったわけです。
・・・非常に不自然であることだけは間違いないですが、とにかく亀田にはガンバって欲しいと思います。ホントに。
■アケボノ選手は昨年大晦日、またもは敗北。ジャイアント・シルバ選手のアームロックにあえなくタップしてしまったとのこと。
秋山選手のヌルヌル事件といい、もうね、K-1もHERO'SもDyamite!!も、もう止めた方がいいんじゃないか?と思う次第です。
近々、あの辰吉と対戦歴のあるシリモンコン・シンワンチャーもK-1に出場するらしいです。
先だっての大晦日には鈴木悟も出たとか。
・・・もう何度もここに書いてますが、他競技を「体力の限界」もしくは「継続が難しいほどの怪我」などによって引退した選手が当たり前のように出場するこの興行達、いったいなんなんでしょうか。
柔道を引退したルスカやヘーシング、アレンが出てきたり、相撲を辞めた輪島や北尾が出場してきた「プロレス」と、なんにも変わらないじゃないか、と思うのですが、我々は(プロレスとは違って)真剣勝負であるみたいな雰囲気がある分だけよっぽどタチが悪い、と。
■その総合格闘技、秋山選手のヌルヌル事件ですが(っていうか「ヌルヌル事件」と言うネーミングも何とも言えませんが)、あんまし言われて無いようですが、桜庭戦以前の総合格闘技戦でもちょっと怪しい、というか、対戦相手が怪訝そうだったり、もしくはあからさまに抗議してた事があったような気がします。
無期限出場停止なんだそうですが、無期懲役は決して終身刑ではないですからね。
カムバックはタイミング待ちで、という感じなのでしょうか。
あと、なんか右手にメリケンサックはめてた、ってな話があるみたいですが、写真をみる限り、あれはバンテージっぽい気がしますがどーでしょうか。
■今始まったことでは無いですが、取材・撮影したりWeb作ったりの仕事をしてますと、その当該物への執着が、いつしか興味・関心になり、果ては往々にして「好意」みたいなものに変質したりします。
馬に乗ってみたいし、最近はエアガン射撃をやってみたかったり、若しくは精密競技場エアガンを買ってしまいたくなってたり、またフットサルという競技にも少々「関心」があったり、あとまた不動産という「ジャンル」に「興味」があったりしてます。
そういえば古事記・日本書紀をガツガツ読んだのは某神社でいわゆる「神楽」の取材をしたからだったし、ポツポツとプロレスを観戦etcするようになったのは、当時新日本プロレス所属だった小島聡選手の取材をしたのがきっかけでした。
でもって、当サイト管理人は、なんであれ「飽きる」という段階に達するまでの期間が普通の人の倍くらい所要する=要するに何やってもなかなか飽きない、という傾向がありまして、その結果、仕事とは別に「やんなきゃいけない(気がすまない)事」というのが日々増える一方だったりします。
かつて、生前の遠藤周作氏がそういう感じだったそうで、そういえば氏はやれ劇団をやったり、TVやCM出てみたり、諸々常に大忙しだった由。
で、そういう氏に対して北杜夫氏は「悪性の躁病」と言ったりしてました。
当サイト管理人も、もしかしたらちょっとそういう傾向があるかも知れない。
■正月早々、なんか妹を木刀で殴る&フロで溺死させてバラバラにして乳房と下腹部を切り取って内臓をタッパーに入れて保管して自分は予備校の合宿に行き、さらに合宿にその妹のパンツを持っていった、などという事件があった由。
「異常な猟奇殺人」としか言い様が無いですが、これを「異常だ」ってこと(だけ)で括ってオシマイにしてしまうのは非常に危険で、実際この犯人はとりあえず現代医学の範疇においての精神障害etcがあったりするわけではない(らしい)ので、ここはあえて「異常で無い犯人がなぜここまで為しえたか」って切り口で考え、議論しなければいけない・意味が無い・・・と、かつて佐瀬稔氏が著作に書いてました。
金属バットで両親を殺害した浪人生、足立で女子高生を拉致して「なぶり殺し」にした数名、同級生をカッターナイフで殺した女子小学生・・・みんな、やっぱちょっとアタマおかしかったんじゃん?ってな事で括ってしまえば、ラクだし、ぶっちゃけワレワレ(アタマおかしくない人)も安心できたりするんですが、決して彼らはいわゆる「異常者」ではなく、にも関わらずこういう「異常な」行為に至った・・・これこそが何よりの問題なわけですね。
もしかしたら、誰でもこういう事をしちゃうかもしんないわけですよ。
・・・この他、例えば「雨あがる」「たそがれ清兵衛」「トラック野郎シリーズ各編」を観た、とか、いろいろあるっちゃあるんですが、それはまた追って。
投稿者 kome3 : 13:17
2006年07月12日
あまりの安さに怒る。
チャプリンの作品の売値が安すぎる、ということで、当サイト管理人は大いに怒り、且つ悲しんだりしておりました。つい昨日の話であります。
ヨドバシカメラでもって買い物してまして、フト立ち寄ったDVD等ソフト売り場。
あろうことか、チャールズ・チャプリンの各作品DVDが、一枚450円で売られておりました。
450円。
450円。
450円。
・・・安く買えて、気軽に珠玉の作品群が観られるというのは喜ぶべきことなのかもしれませんが、しかしこの「450円」。
さすがに喜劇王に対してこのお値段は失敬ではなかろうか、と。
陳列棚には「あの名作を奉仕価格でご提供!」などと、ジャ○ネットで電子辞書を売ってるのかと思わず間違えるような直裁的なポスターが貼られていました。
で、並んでいるDVDスリムケースを手にとると、アホのようにデカデカと「450円!」の文字。
「450円」ってだけならまだしも、この「!」で、ジワジワと増していた当サイト管理人の心中の怒りの炎はもはや鎮火不可能レベルにまで嫌がおうにも高まるのでありました。
不敬だ、喜劇王への冒涜だ、と大いに憤りつつ・・・当サイト管理人は正に怒りに打ち震えつつチャプリン作品DVDを10枚ほど購入致しました。
憤懣やるかたない気持ちを抑えてレジに向かうと、レジのアンちゃんは事も無げに
・・・総計、4500円になります。」
とのたまいやがった。
・・・ただでさえ失敬な料金設定であるところにもってきて、あろうことか、この「450円」は内税でありました。あんまりだ。
あんまりにも頭に来たせいかオシッコがしたくなったので、錦糸町ヨドバシカメラのアンモニア臭いトイレでシーシーし、しかるのちにこのDVD売り場に取って返し、また件の陳列棚に取って返すと、やけに化粧の濃いオバさんが「カサブランカ」のDVDなど手にとってシゲシゲ眺めておられました。
これも・・・この佳作も、450円。
なにしろ下品にもジャケットにデカデカと「450円!」と記載してあるので、遠目からでもわかる。
オバさんはほとんど迷い無く、その「カサブランカ」を携えてレジに向かって行きました。
オバさんよ、アナタの過ぎた青春時代を彩ったであろう佳作が、450円という廉価で売ったり買ったりされていることに、無常を感じる事はありませんか?と、どれだけ問おうと思ったか知れません。
しかし当サイト管理人はいわゆるオトナであるので、そこはなんとかふんばって堪えました。
しかし、この辺で当サイト管理人の怒りも頂点に達し、もはやWカップ決勝でのジダンの如くに正常な判断能力が失われてしまっていたので、あろうことか「市民ケーン」と「第三の男」も購入してしまいました。
どちらも昔買ったりしていたVHSが度重なる再生の結果見るに耐えない画質にまで劣化してしまっていたので、いつか買いなおさなきゃなぁ、などと思ってはいたのですが、まさか「450円」という芸術に対する冒涜としか思えない値段で購入することになるとは夢にも思わなんだ。
実はこの段で、「第三の男」が450円で、なぜか「市民ケーン」が500円である、という事に気付く、という大事件に遭遇するのですが、この際450円が500円でも意味は変わらないのであって、なにしろこの稀代の名作に対して、六本木あたりのコインパーキングだったら1時間も停めておけない程の料金設定がなされてしまっていることに、クドいようですが当サイト管理人はもはや怒髪天をつくというか、もしくは自作がこの値段で、しかもジャケットにビックリマークなど付けられて取引されてることについてO・ウェルズやチャプリンはどういう感想を持つであろうか、と、とにかくいずれにしても不愉快極まりない気分でもってヨドバシカメラを後にしたのでした。
帰宅して、モロモロの雑事を片付け、とりあえず購入作品を観る。
チャプリンはホントに美男子だなぁ、と感心(?)したり、O・ウェルズのソラマメみたいな顔が暗闇にヌー!と出てくるとこでビックリしたりしながら、束の間の鑑賞タイムが終わりました。
・・・観後の感想ですが、・・・今回も前回同様非常にグダグダですが、結論としては、450円であろうが500円であろうが3980円であろうが、良い作品はとにかく良いのであって、やっぱり安価で名作に触れられるというのはイイことだなぁ、と。
この調子で、名作郡が廉価でドンドン売られてくれるといいな、と思ったのでした。以上。
2006年01月08日
「ALWAYS 三丁目の夕日」を観てきた。
なにしろ当サイト管理人は年に1日程しかTVを観なかったりするので、この作品がチマタでこれほど大好評だとはゼンゼン知りませんでした。
今しがた帰宅しまして、さっそくネットでもって検索してみまして知った次第であります。
…ここまで書いて、当サイト管理人はアゼンボーゼンとするべき事実に気付いてしまったのですが、考えてみると、いわゆる「ロードショウ」でもって映画作品を観たのは、実に1985年公開、ダドリー・ムーア主演の「サンタクロース」以来。
「映画館で観た」ということであれば結構最近も観てはいるんですが、こと「ロードショウ」ってことになると、今回がなんと約21年ぶりになります(ちなみに、この人が未だに嫌っているIくんと観に行ったのでした)。
…こんなアリサマでありながら、昨年の5月1日から7日までこのサイト上にて私的映画評など書きなぐったりしてたわけで、いやはや恥ずかしいやら、情けないやら、なによりこのサイトの駄文を読んだりしてくださった皆さんにもうしわけない限りです。
話はコロッと変わりまして・・・これはミフネと分かれたずっと後に出されたコメントだと記憶しているのですが、かのクロサワ・黒澤明監督は、記者だったか、もしかしたら土屋嘉男だったかによる“監督はもう時代劇を撮らないんですか?”といった問いに対し、
“いやぁ、とりあえずそのつもりは無いよ”
“もう撮らないかな…うん、撮らないかもしれないね”
“もうね、役者がいないんだよ、あの時代を演れる役者が、ね”
“あの時代の侍を演れる「顔」を持ってるやつがいないよ、もう、ね”
・・・などとおっしゃってました。
その後「影武者」だとか「乱」だとかをガンガン撮ってるので、もしかしたらまるっきり別人だったかもしれませんが、確かにどこかでそんな言葉を聞いた・読んだ気がします。
で、これは、確かに一理あるコメントだ、と思う。
「ALWAS 三丁目の夕日」は、「昭和33年の東京」というものを、大道具・小道具、そしてセット、もちろんシナリオや演出などなどにおいて、微に入り細に渡り非常に忠実にこの時代を再現しています。
それらはほぼ大成功で、映画内の空気感を充実させるのに大きな役割を果たし、そしてこの作品を非常に感動的なものに仕上げるのに大きな役割を果たしています。
しかし、唯一違和感を感じたのは、やはり役者さん方が、「平成人」なのですね。
子供達は主たる二人のみならず、いわゆる「その他大勢」の面々に至るまで、ちょっと驚嘆してしまうほどの名演技でしたが、やはり彼らの醸すのは「平成の子」の雰囲気でした。
事ほど左様に、大人たちも、どなたも非常に魅力的な演技表現をみせてくれていましたが、どうしてもここにあるのは「平成を生きる大人」。
例えば、多少年次はズレますが「ニッポン無責任時代」に登場していた方々とは、やはりどこかが違う、と感じてしまいました。
いわゆるマゲものの時代劇は、当時を知る人が皆無な現在、ぶっちゃけその内容etcは「なんでもあり」で、クロサワなどのように偏執狂的なコダワリまでをみせなくても、それなりに「リアル」なものとして成立し得ます。
しかし、「昭和33年」は、そうはいかない。
当時を知ってる人がバリバリ残ってる…どころか、まだまだ前線で活躍中だったりしますから。
だから、ともすればこの「人間の違い」は、この作品にとって致命的な欠陥になり得る重要な命題だったはず。
まだまだ近い過去であるこの時代を設定するにあたり、ここでの食い違いは全てをいブチ壊しにしてしまいます。
その辺を意識されてなのかどうか、この「ALWAYS…」は、なんだか“当時の雰囲気を忠実に・リアルに再現・・・”みたいな部分ばかり強調されていますが、じゃあリアルな時代劇なのかというと決してそうではなく、実はあくまでもファンタジー、寓話として構築されています。
形而下の部分、具体的な部分は確かに極めて忠実に往時をトレースしていますが、物語、そして引いては作品そのものはあくまでファンタジー、空想物語。ワンス・アポン・ナ・タイム・イン・ジャパンとでもいいいましょうか。
この作品は「ファンタジー」「寓話」という体裁を取った(もしくは、そういう原作を得た)ことと、具体的な再現が可能な部分において、呆然とするほどの忠実な再現に成功した、というこの2者により、今や貴重な、上質なウェルメイド作品として大成功をおさめることができた、といえるように思います。
思うに、「ファンタジー」「ウェルメイド作品」というものは、その構成者・登場人物になんらかのポジティブな姿勢があって初めて成り立つもののような気がします。
登場人物に確固たる前向きな思想・行動があるからこそ、観客は彼自身や、彼がたどり着く道程そのものに感情移入できる、というか。
「昭和33年」当時の日本人は、ホントに、メチャメチャにポジティブだったんですねきっと。
良い意味で単純・ストレートな「ファンタジー」が作れるほどにポジティブだった時代というのは、それは間違いなく良い時代だと思います。
そんな良い時代を実際に経て来た・・・場合によってはそのポジティブさの担い手だったりする当事者がまだ現役だったりするわけですから、作品としても上質に仕上がっているこの作品が興行的にも大成功しているのは、当然ですね。
当時キチンと生きてきた人がこれを観たら、間違いなく感動するでしょう。
往時の再現の忠実さよりなによりも、ここにある「ファンタジー」からの感動を最も享受できる人たちなわけですから。
逆に言うと、この時代を題材に採ってる以上、そういう人たちにはヘタな小細工は通用しないわけで、上記の様な「あざとさ」を彼らに感じさせないだけの見事な演出がここにはあります。
・・・ここで考えた。
じゃあ、あと20年くらい経って、例えば’80年代という時代に同種の企画が成立しえるだろうか?
・・・いろいろ考えたのですが、この作品ほど、直截的に感動できる作品は作れないように思いました。
もう少しギスギスした、というか、ヒンヤリした触感の作品になるような気がします。
この作品のような、良い意味で単純・ストレートな「ファンタジー」にはならない、と。
感動をもって振り返れる時代ではなかった・・・というと、言い過ぎですかね。
投稿者 kome3 : 04:38 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月07日
とうとう小津・黒澤に特化してきた。
6日の続き。
小津の日記だか、どこかの雑誌に掲載されたエッセイだかに、このチンチン電車の車窓風景などを織り込んだもんがあります。深川は佐賀町、永代橋の活写はお見事、一芸に秀でるモノの、その目は万能なのかも知れません。
デビュー当時の小津の作品群は、残念ながら散逸、現存していないそうです。
黒澤組で活躍された某スタッフ氏によると、あの時代、あの会社(=松竹)には、文化の担い手、っていうような気概は一切無かった、だからポンポンとフィルムを捨てちゃってたんだよね、とのことです。
松竹に限らず、当時の「邦画」「日本映画」は、まだ見世物としての風情も残していたりしたんでしょうから=芸術としての認知は無かったんでしょうから、そういう扱いを受けたのもやむなし、という感じなのかも知れません。
(散逸・消失といえば「8時だヨ!全員集合」の放送スタート当時のビデオは、当のTBSにも無いそうです。もったいないったらありゃしない!、です。)
・・・前置きがムヤミに長くなりましたが、その失われた小津の初期作品、及び戦後の各作品においては、かつてこの下町で育った、といういわば原体験の影響がそこかしこに伺われます。
だいたい、「長屋紳士録」などはモロに下町が舞台ですし。
それが戦後、特に作品がカラーになってからは、出てくる人出てくる人がみんないわばプチブル、デカめの会社の役員だったりし、上流階級の人たちによるドラマいう傾向が強くなってきます(それでも「お早よう」などはそういう意味ではずいぶんくだけた佳作ではありますが)。
この時期の小津は、いわゆる「血気盛んな若手」ではなく、逆に名門松竹の誇る大家、という感じのスタンスでしたので、そういう環境による影響か、という説が一般的みたいです。
いわく、「小津はもはや庶民ではなくなってしまった、ゆえに、かつてのような「庶民」を主人公にすることにリアリティを持たせられなくなった」と。
ぶっちゃけ、ワタシもそう思います。
ただ、上記のような次第はどちらかというと批判的な意味で語られることが多いですが、ワタシはここに、むしろ、小津の「作家」「芸術家」としての誠実さを感じます。
当時は松竹ヌーベルバーグの真っ只中?始まり?の時期でもありましたので、当時の若手監督達には「小津は体制我が(の犬)だ」みたいな論調の発言もよくみられますが、確かにいわゆる体制側の「大家」だったんだろうとは思うのですが、批判・非難の対象にするのは、ちょっと違う気がします。
小津にとって、究極的には、創作は自己の投影、もっというと彼にとっての映画作りは、文字通り身を削る作業だったんだろう、と思うのです。
彼の映画作家としての食指は、かつては自らの住む下町、そしてそこに生きる「庶民」、またそんな庶民の一人であり、同時に映画界においては「血気盛んな若手」であった自らに盛んに反応したんだろうと思う。
それと同じようにに、晩年に差し掛かってからの小津の感性は、鎌倉という地、また、大家となった・そういう意味での責任ある立場になった自分、また、それゆえに邂逅することになった、里見弴や志賀直哉などに、大いに影響を受け、吸収しかつ触発されたのでしょう。
いずれにしても、その時その時の自らの立場、引いては生き方に対して、非常に誠実に、奢ることも卑屈になることもなく、まっすぐに従った、と、言えるのではなかろうか。
若手だった自分、押しも押されもせぬ大家である自分、それぞれの時期において、彼は全くウソの無い創作をした、と。
それゆえに出てくるのが、3日にも書きましたが
何でもないことは流行に従う
大切なことは道徳に従う
芸術のことは自分に従う
というセリフなんだろう、と思います。
そういえば、黒澤監督も、同じようなことを言われてたみたいですね。
いわく、「姿三四郎」「酔いどれ天使」「野良犬」における主人公はあくまで未熟な若者で、そんな若者が「師匠」によって教え導かれる、そんな姿に観客は魅力を感じ、共感した、と。
しかし「赤ひげ」「デルス・ウザーラ」においては、そんな若者を指導する「師匠」格が主人公になっている。
このことは、もはや世界的な大家になって「しまった」(!)黒澤の、一種の「転向」である、とか。
このことについても、ワタシは小津の場合と全く同じことを考えます。
黒澤もまた、その諸作品によって世界的な大家になり、堅苦しいパーティやなんかみたいなところにも「楽しんで」参加できるくらいの人品を身に付けることになったわけですが、彼は決してそのことに過度に奢らず、また過度に卑屈になることなく、そんな自分自身に対してあくまで誠実に、「創作」として向き合った、と。
で、小津のように60歳で亡くなることのなかった黒澤は、そのまたさらに先の境地にまで到達するんですね。
「夢」「八月の狂詩曲」「まあだだよ」など、です。
つまり、晩年の黒澤は、若者に対する「師匠」、というスタンスをさらに越え、あくまで自分自身に対してのみの意思方向で創作をするんですね。
それは他社に対する自分ないしは主人公、という関係性を越えて、「乱」以降の黒澤はもはや神、黒澤神として、万民を睥睨するんです。
これは、そんな「神」に対して少々ゲスな想像になってしまうかもしれませんが、黒澤がその境地に達するきっかけは「デルス・ウザーラ」だったような気がします。
旧ソ連の大地で、彼は神に通ずる道を見つけちゃったのかなぁ、と。
遠藤周作氏が晩年、インドで見たものも、同様なものだったんじゃないかな、と、浅読みな当サイト管理人は夢想するのであります。
投稿者 kome3 : 00:34 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月06日
さらにまた映画の話。
いわゆる芸能人、女優・タレントさんに心奪われることが今の今まで皆無であった、と、昨日書きました。
しかしこれは大きな間違いで、大いに心奪われた方がひとりおられました。
「酔いどれ天使」「静かなる決闘」「野良犬」に出演された、千石規子さん。
いや、惚れましたね。普通に惚れたです。
TVのトーク番組などでの扱われ方を見ると、非常にハラたちます。偉大な功績を残した先人に対する尊敬とか畏怖の意識ってのが無い。無さ過ぎる。TVというのはそういうもの・TV制作者というのはそういうヤカラである、と、わかってはいるものの、非常な憤りを覚えます。
黒澤作品の、特に初期には、若かりし香川京子さんや、桂木洋子、久我美子さんと、そうそうたる美人女優さんが多く出ておられますが、千石さんは必ずしも「美人役」ではなかったものの、私的には一番魅力的でした。
さて昨日の続きですが、小津監督作品では、サエないオトコの方が輝いてる。
もしくは、サエない設定や、スタイルをさせられてても、当時のスターたちは輝けた、ともいえます。
佐田啓二(中井貴一、貴恵さんのお父さん)は、当時すでに「君の名は」などによる押しも押されもしない「映画スター」であり、確かに息子よりも数十倍は美男子なわけですが、小津作品ではステテコ(?)などはいて、岡田茉莉子の尻にしかれておられます。無断でゴルフクラブ買ってイヤミ言われたりしてます。
また時には、リストラで失業し、子供etc相手に英語教えたりして細々暮らしてる、いわばニートだったりもします。
でも、カッコいい。フシギだ。
池部良氏も、浮気して奥さんに逃げられるサラリーマンという、あまりにもサエない役どころでしたが、それでも非常にカッコよかった。
小津といえば、江東区は某所に「ひげの平山」なる飲み屋があります。北龍二みたいなオヤジが集う店なのでしょうか。っていうか店主は小津崇拝者なんだろうか?
小津は、現在の東京江東区は深川1丁目で生まれ、しばらくこの地で育ちました。
このあたりはワタシのまごうかたなく地元、目をつぶってもあるけるくらい御馴染みの界隈です。
小津の「日記」を見ますと、いわゆるチンチン電車に乗って、このあたりから永代橋を越え、当時蒲田にあった松竹の撮影所まで通った、という記述があります。
小津が鎌倉あたりに出て行った後、チンチン電車はやがてバス化されることになるわけですが、このあたりの日記を読むと、このチンチン電車路線はおそらく現在の東22番系統ですね。このバスはワタシがまだ車の免許を持たなかった磁器、東京駅そばの八重洲ブックセンターに通うのに使っていた路線です。
投稿者 kome3 : 20:02 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月05日
まだまだ映画の話止まず。
1日、3日、4日と、やたら原田知世さんの「時をかける少女」での白ブルマーについてばかり触れてしまいましたが、なんでこうもしつこくこの件に拘ったかというと、要するにアタマにキてるからです。いかにもお菓子系オタの好みそうなカッコを知世さまにさせるんじゃない!と。
大体、知世さまは、どちらかというとセックスアピールの強くないタイプだと思うので、ああいうカッコは私的にムカつくばかりでなく、女優としても、また「時を・・・」の場合作品としてもあまり得策な志向ではないと思うのですが、どうでしょうか。
あまりワタシはいわゆる女性芸能人にあこがれたりということがありません。
決してホモではないのですが・・・これは皮肉などではなく、アイドルのファンクラブに入ったりだとかという心理が全く理解出来ない。タレントさんにムネをトキメかせたりという事が全くありません。いや、批判・否定してるわけではなく、ホントにそうなんだから仕方が無いです。
繰り返しになりますが、決してホモではないのですが、むしろワタシは、男優さんの方に関心が行き勝ちだったりします。
例えばミフネ、三船敏郎。
無断リンクは憚れますのであえてアドレスは記しませんが、三船敏郎公式サイトの中にある「PHOTO ARVCHIVES」をご覧頂きたい(右側フレームから行って下さい)。あまりのカッコよさにドキドキしてしまいます。決してホモでなくとも。
軍隊時代の写真からはなんとなくナルシストな感じも伺えますが、映画界に入ってからのオフショットなどからは、精神的な器の大きさ、「大人」の風格を感じさせます。
ちなみにNO.22の写真に出ているお子さん、真中は三船史郎さんですね。
「酔いどれ天使」の、闇市をナワバリにするヤクザ・松永、「野良犬」の若手刑事・・・若きミフネの輝きっぷり・・・オーラというんでしょうか、これはもう不世出ではなかろうか、と思います。こんな人はもう二度と出ないんじゃないかと思います。
原田知世さまの白ブルマー同様、当サイト管理人はミフネについても非常にハラたってる事があります。
「ここ最近、ミフネへの評価が不当に下がってる」ということです。
黒澤作品でしか見るべきものが無い、だって?いやいや「無法松の一生」もよかったですよ。
先般なくなられた岡本喜八作品でも、その魅力は遺憾なく発揮されておりました。
ちゃんとメを開けて観ろ!と言いたい。
晩節を汚した、みたいないわれ方をされることについても、ワタシは彼とは私的には全くもって無関係ですが、非常な憤りを感じます。
デコちゃんこと高峰秀子さんも、車椅子生活してる晩年のミフネを掲載した写真週刊誌に対して憤っておられました。ワタシも全くもって同感です。
ミフネの芸能界、映画界への功績は、仮に彼がどんなにムチャクチャな人間だったとしても、もはやそんな私事によってどうこう変わるようなヤワなもんじゃないはずです。
ましてやミフネは見かけとはウラハラ、非常に生真面目な人だったそうです。
なにが問題なんだ?愛人つくって奥さんのとこを飛び出したりしたから?・・・表現者・制作者と言われる種類の人の仕事は、そういう私事で評価を左右するべきでは無いと思うんですけどね。
生真面目な性質から、彼は仕事に対しては非常に誠実だったと言われています。
それはスクリーンを通しても伝わってきます。黒澤作品での彼の「仕事」は、全身全霊を賭けて誠実に臨まなければなしえないレベルですよ。
「赤ひげ」しかり、「白痴」しかり・・・全ての作品での彼のパフォーマンスから、その生真面目さ・誠実さが痛いほど伝わってきます。
ミフネのご令嬢、三船美佳さんは、オヤジが残した諸作品を観たりするんでしょうか。
16歳くらいで結婚されたんですよね。
で、ダンナは当時で既に40歳過ぎてた、とのこと。
ダンナは美佳さんに初めて出会った時
「ボクたち、もしかしたら将来結婚することになるかもしれないね」
と言ったとか。
40歳過ぎのオトコが、16歳の娘に、初対面でこういうことを言うってのはどーなんでしょうか。
逆抜き不意討ち斬りで斬られてしまえ、と思ってしまいました。
知世さまに白ブルマー着用を命じた責任者である大林監督の作品には、なかなか目立つ男優さんが少ない感がありますが、そんな中岸辺一徳氏は魅力的でした。
しかし、やはり氏の作品は、「少女」がイイですね。
これだけ「少女」を魅力的に描いた監督は、考えてみたら氏以外見当たりません。
そういやhiguchinsky氏は大学時代、氏を礼賛しておりました。
また、大学を卒業した後、当サイト管理人は某都内CATV局に入社したのですが、そこでの先輩に、かつていわゆる大林組で撮影助手したことがある、という方と、監督助手したことがある、という方がおられました。
彼らはそろいも揃って二名とも酒グセがよろしくなく、下っ端社員であったワタシはその「後始末」に毎晩悩まされるばかりだったのですが、いいかげん酔いが廻ってくると両名とも決まって大林批判してたもんです。
「あのロリコンジジィ!」とか言って。
この際ロリコンであろうが無かろうがどうでもいいです。その作品が魅力的であれば。
しかし、彼らのようにいざ直接的な制作側にまわってしまうと、作品そのものを楽しみきれなくなってしまうわけですね。
これは、まぁプロであるがゆえ仕方ないことではありますが、確かに悲しいことではあります。
突然ですが、こないだ、久々に池部良氏のエッセイを購入いたしました。
実は当サイト管理人は氏の著作のファンでもあります。
先日(と言ってもずいぶん前の話ですが)、氏の「渇いた花」のビデオを借りまして、ビックリ。
こんなにダイコンだったの!?と。
小津作品「早春」では気づきませんでしたし、考えてみたらこれ以外の氏の出演作品を観たことが無かったのですが、いやはや、ダイコンっぷりにビックリでした。
誤解の無いようにここに書きますが、ワタシはダイコンであることは、それ自体では決して悪いことではない、と思っています。
ミフネも考えてみればダイコンって言えばダイコンです。
原節子さんも、どっちかって言えばダイコンの部類に入るような気がします。
でも、役者というものは、ダイコンか否かで評価されるべきではない、と思ってたりします。
少なくとも、それ以外にも評価のファクターは沢山あり、もっと言うと、ダイコンか否かというのはあまり重要な要素ではないように思われます。
「早春」では、浮気して奥さんに逃げられるサラリーマンという、あまりにもサエない役どころでしたら、なんだか妙にハマっていて、なんというか、ウレシかったです。
そういえば、小津作品では、サエないオトコの方が輝きますね。
これについては長くなりそうなので後日。
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2005年05月04日
なんと、まだ映画の話が続く。
1日、3日に続いて今日も映画の話をモノするわけですが、その前に・・・モーニング娘。の、矢口さんがなんか脱退?卒業さるそうですね。
で、時を同じくして、新メンバーが加入されるそうです。
当サイト管理人の中学時代の友人に、やはり同級生である高木登氏(2月13日の当サイト記事を参照のこと)が強烈に嫌っているTというのがいるのですが、彼がいわゆるモーオタなので、ワタシもそれなりにこのグループについては知識があります。
メンバーの殆どがホンの子供だったりすること、年がら年中メンバーチェンジしてるらしい、ということ、などなど。
あちこち・・・様々なメディア等で彼女らの活躍をみるにちけ、ワタシはキャバクラorフィリピンパブのショータイム、もしくは江戸時代の角兵衛獅子を連想します。
年端もいかない子供をサンザン働かせて、その甘い汁を吸ってるオトナを、ワタシは無条件に憎むのであります。
今度の新メンバーは、齢12歳だそうです。
全ての取り巻きのオトナがデコちゃん(高峰秀子さん)の養母のようなのばかりでは無いとは思うのですが、いや、やはり、どうなのかなぁ、と。
閑話休題。このGWに観た映画の中にも、多くの子役が活躍する作品が多くありました。
まず、なんといっても、1日にも書きました「生まれてはみたけれど」。
突貫小僧氏の名子役っぷりには、ただただ驚嘆するばかりであります。
彼が実際にどんな子供だったかは知る由も有りませんが、おそらく「子供」としての愛すべき自由闊達さに溢れたワンパク小僧だったに違い有りません。そんな風情が画面からにじみ出ています。
当時のスチール写真をみると、いやホント、これほどワンパクそうなツラガマエの子供はそうそういない、という感じです。当時はこんなガキばかりだったのかもしれませんが、今はああいう雰囲気の子供にはそうそう会えません。
氏は戦後、「幕末太陽傳」にも出てたりするんですね。生涯で250本もの作品に出演され、ついこないだ大往生されたとのことです。子役スターだった人で、成人後もそれなりに活躍できる人は稀のようですが、氏は正に生涯かけて日本映画の黄金期を駆け抜けていったわけです。
黒澤作品「赤ひげ」には、女郎屋から赤ひげによって救われ、小石川養生場では加山雄三に救われる「おとよ」という少女と、生活のためにコソ泥に励まざるを得ない「長坊」という二人が登場します。
もはや「名演技」としか言いようの無い二人の演技!
「長坊」はその後、TVの学園物などでもその姿をよく見かけました。
あと、小津作品「お早よう」で、テレビをせがむ兄弟と、その友人たち。彼らも名演技でした。
あのウンコもらして杉村春子に叱られる子、あの子が私的にはベストオブ子役@お早いよう、です。
彼ら・彼女らがモーニング娘。の皆さんと決定的に違うのは、彼らは決して性の対象として見られ、評価されたわけでは無かった、ということでしょうか。
先日ご結婚された原田知世さんも、そういえばデビューは14,5歳だったですね。TVの「セーラー服と機関銃」や、なにより大林作品「時をかける少女」は鮮烈でした。
彼女もある意味で性の対象たるアイドルとしてのスタンスもありましたが、決してそれだけでは無かったが故に現在でも活躍されてるのだと思います(監督の性的興味の対象だったようなフシが見えたりしますが)。
私的には彼女は、女優さんというより、シンガーもしくはナレーターとして魅力的です。
昨年ワタシは江東区内の某小学校の課外授業の講師をつとめたのですが、この模様をテレビ朝日がずっと取材してまして、最終的に出来上がった番組を見たら、ナレーションを彼女が担当されてました。
いわゆる専門のナレーターさんに比べると技術的には多少劣るところもありましたが、それを補って余りある・・・いや、そんな技術などどうでもいいのだ!と思わせるだけの魅力が、彼女のそれにはありました。溢れてましたですよ。
大林監督には、特に’80年代、少女を扱っったら他者の追随を許さない、という感じの、珠玉の作品が多くあります。
この「時を・・・」もですが、「転校生」に「さびしんぼう」。どれもこれもワタシは非常に深くカンドーさせられました。
「時を・・・」では白いブルマーというありえないコスチュームを与えられた原田知世さん、「転校生」では、やたらと(?)下着姿、時にはモロに生オッパイを出したりする小林聡美を見ることが出来ます。どうしてこういうことをさせたんだろうか?・・・小林聡美の生オッパイが無ければあの映画はあのクオリティで成立出来なかったのだろうか?と、初見から20年経過した今、ワタシは改めて思います。
そういえば大林監督を師と仰いだ(とされている)今関あきよし監督は、先般、エンコーでタイホされちゃいましたね。中学生とホテル行って、ありていな言い方をすると「ヤっちゃった」んだそうで。いやはや、なにやってんでしょうか今関。
「さびしんぼう」は、私的にはいわゆる「尾道三部作」の頂点だと思ってるのですが、これに主演していたのが富田靖子さん、いや、富田靖子「様」。
富田様のデビューが、この今関監督作品の「アイコ16歳」でした。なんでも15万人もの中から選ばれた、とか。
「さびしんぼう」では、彼女はまるで質の違う2役を見事にこなしておられました(解釈によっては3役、4役とも言われますが)。
そのひとつ、橘百合子は、「東京物語」の紀子とかなり似た「不可思議さ」を見せます。
ヒロキ(尾見としのり)の接近(?)に対して彼女は“私、あなたが思っているような女の子じゃないんです・・・”とかなんとか言って去るんですが、では、実態はどんな娘なんだろうか??と、紀子に対して同様、あらぬ想像をしていしまう穢れたオレがここにいます。この辺については、おそらくは「あえて」、作品中では一切説明されません。
「さびしんぼう」を観た直後、東京は当時日本橋にあった東急百貨店に行きましたら、屋上にこの富田靖子さんが来てまして、なんか新曲のプロモーションをされてました。
カメラ小僧の皆さんが多数集まるその目前の簡易ステージ上で彼女は「スイート」なる歌を、確か2回くらい繰り返し歌ってました。
「さびしんぼう」であれほど・・・当時中学生だったワタシにもわかるくらい明確な名演技を見せた彼女が、どうして今さら「スイート」などというベタベタな歌を携え、「アイドル」としてプロモーションして回ったりしなければならないんだろう・・・と、大げさでなく非常に暗鬱な気持ちになったのを覚えてます。
彼女は当時既に、日本でトップに近いレベルの名女優だったはず。それは「アイコ・・・」と「さびしんぼう」を観た人なら誰でもそう思ったに違いないのですが、にもかかわらず目前の彼女は、「単なるアイドル」として、いわゆる「営業」をしている。
もったいないなぁ、と思ったですよ。
とか言いつつ、当サイト管理人はこの時、ある種の余興として行われた「YASUKOグッズ争奪ジャンケンゲーム大会」で見事勝ち抜き、「スイートのロゴ入りタオル」をゲットしたのでした。
で、このタオル、あれ以来一度も使用せず、我が家のタンスにしまってあります。
富田さんはワタシと同学年、原田さんはワタシの1コ上、お二人とも同世代です。
お二人とも、なんというか、非常に良い齢の重ね方をされてますね。感動的でさえあります。
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2005年05月03日
ひたすら映画の話が続く。
5月1日の続き。
・・・と思ったのですがその前に、また例によって無断転載で申し訳ないのですが、
原田知世さんが結婚、38歳イラストレーターと
女優の原田知世さん(37)が、イラストレーターのエドツワキさん(38)と1日に結婚した。
原田さんが自身のホームページで2日、明らかにした。
エドさんは広島生まれで、1986年からイラストレーターとして活動を開始、国内外のファッション誌などで女性の肖像を描いている。2人は結婚後も仕事を続ける、という。
(読売新聞)
だそうです。
いやはや。最初「江戸アケミさんと結婚」かと思って、縁起でもないミス記事だなぁと思ってしまいました。
それはともかく「時をかける少女」での彼女はカワイかった。
また、白のブルマーなんて、世の中にあるんだなぁ、とも・・・あれは映画オリジナルなんですかね。ありえないだろあんなの、と。
・・・なんでこんなこと最初に書いてるかというと、ショックだからです。
ああ、ショックだなぁホント。
閑話休題。
このGW中に観た映画・・・いや、もはやその枠をかなり踏み出しそうな感じになってるオレがいますが、1日分の続きです。
黒澤監督は「どですかでん」のクランクアップ間際に「非常に淋しい思いをした」のだそうです。
この役者さんたちには再会できてもクランクアップしたらもう六ちゃんやブラシ職人の「とうちゃん」や「かつ子」や「たんばさん」に会えなくなってしまう、ということで。
・・・黒澤監督ならずとも、私も上映時間の終わりが近づくにつれて、彼らとのお別れが淋しく、いつまでも続けばいいのに、とか思ったもんです。
同時に、この人たちはこの後どうなっていったのかな、と、勝手に想像したりしたもんです。そう思わずにいられないくらい、この作品の登場人物たちは、実にいきいきと、自由闊達に「生きて」いましたです。
興行的には大コケだったそうで・・・まぁ確かにヒットする種類の作品ではないかもしれませんが、こういう珠玉の作品の積み重ねが、その国の映画文化、引いては「文化」そのものの底上げをする、と思うのです。
「文化」というものは、カネになるか否か、という次元とは別のところにあるはずです。
でも、映画がひとつの「産業」である以上、カネにならないものは淘汰される・・・もしかしたら、されなければならない、というのが現実なのかもしれません。
「カネになるか否か」ということと、この「文化」という概念は、それぞれ別の次元にある問題である・・・しかし、言い換えれば決して同次元における「相反する2者」として存在するものでは無いはずなので、この2者を両立させることも決して不可能ではない・難しいことではない、と思うのです。
ワタシも矮小ながら「作り手」の一人でもありますので、この辺への意識というか自戒というか、なんにしろ想いを忘れずにいたいもんだと思います。
そういえば、小津監督作品の、特にカラー化以降のものは、総じて興行的にはヒットしたみたいですね。
1日にも書きましたが、小津の各作品は極めてオーソドックスな振りをしつつ、その実非常に前衛的というか独特というか、要するに(悪く言うと)妙チクリンな作品ばかりですので、とてもヒットするタイプの作品では無いように思うのですが、これがそうでもないんですね。
当時のポスターなどを見てみると、例えば「彼岸花」には、豪華オースルター競演、といったようなコピーがあります。こういうのはヒット狙いで満を持して公開される作品に付くものなはずですからね。
小津作品は、例えばいわゆるイマジナリーラインをかなり無視したカット割だったりなど、映画表現の基本とされてる事柄をかなり無視して作られていますが、それでも我々はそんなことにはトンジャクすることなく、どの作品も非常に堪能することが出来ます。
小津の言葉に
何でもないことは流行に従う
大切なことは道徳に従う
芸術のことは自分に従う
というのがあります。
例えそれが既成の常識から外れていようとも、自分が作り手として「これで良い!」と思ったことには、素直に従わなくてはいけないですね。
例えイマジナリーラインを超えちゃってるとしても、本当に「これでいいんだ!」と思ったら、それはそのとおりに突き進まなくてはいけないのかもしれません。
それくらいの胆力が無いと、他者を引き込んで魅せることは出来ないのかもしれません。
小津作品を観る度そう思います。
投稿者 kome3 : 02:42 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月01日
最近観た映画について連鎖的に書き連ねる。
ホンのちょっとだけこのGWにはヒマが出来ましたので、つらつらと、ワザと無作為に、それでいて微妙な関連性を以っていくつか映画を観ました。観た、というより、眺めた、って方が適切かも、というほどの、極めて軽い感じでの鑑賞です。
まず、「雄呂血」から始まります。スゴいところから始まるのだ。
データベースをひもときますと「雄呂血」は、製作=阪東妻三郎プロダクション 配給=マキノプロダクション 1925.11.20 浅草大東京にて公開、11巻 2,537m 白黒 無声 だそうです。だからナンだ、って感じですが。
いやはや阪妻・バンツマがカッコよかったですよ。輝いてます。キラキラ。
無声映画というものは、私的には弁士無しで観た方が面白いような気がします。
この時代、映画は活弁付きで観られることが前提だったはずなので、制作者もそれを前提に作ったに違いないのですが、それでも無声映画は無声状態で観るのがベスト、と思います。
「雄呂血」のあと「生まれてはみたけれど」を観たのですが、この際特にそう思いました。
この「生まれてはみたけれど」に、どんな活弁が付いたのか、逆に非常に興味があります。
ワタシの持ってるビデオには当然ながら活弁は付いてないのですが、この映画はもうこの映像のみで他には何も要らない、と思われます。もう既に完璧な出来上がりになってますので、どんな優秀な活弁であってもこの映画の前では蛇足でしか無いように思われます。
「生まれて・・・」には、「突貫小僧」なる、非常に特徴のある子役が出演しております。
こんなワンパクそうな、というか、クソナマイキそうなガキを良く見つけてきたもんだ、と思ったのですが、元々当時の松竹撮影所の近所で遊んでた正真正銘のワンパクなガキだったそうです。
で、突貫小僧こと青木富雄氏、ついこないだまでご存命だったそうで、仰天しました。
小津サイレント作品つながりで、「淑女と鬚」も観ました。
岡田時彦という俳優さんが主演で、非常な美男子っぷりでビックリでした。
あまりにビックリしたので、岡田氏つながりで「人間の証明」も見ました。
岡田氏のご令嬢が、ジョー山中を刺殺してました。
岡田氏のご令嬢・・・岡田茉莉子さんは「秋日和」の中では他の誰よりも美しかった・・・と、私的に思います。
あのキツそうなまなざしがタマラないのでありますよ。
ダンナさんは映画監督の吉田喜重氏。
吉田氏といえば、小津から「オレだちはコモをかぶった夜鷹で・・・」とかなんとか、意味不明な説教を長時間に渡って受けたことで知られています。
ダンナって言えば、高峰秀子サンのダンナさんの松山善三氏は、最近はどんな活動をされてるんでしょうか。
失礼を承知であえてこう呼ばせてもらいますが、「デコちゃん」は相変わらず文筆の方も冴え、また時々ナレーションなどでそのお仕事振りを拝見することもありますが。
「雄呂血」でのバンツマ氏も輝いてましたが、子役時代のデコちゃんのその輝きっぷりは、もはや尋常なものではありません。ウソだと思ったら「馬」でもなんでも観たらいいです。一目瞭然、百聞は一見にしかず、です。あれが「天賦の才」というものでしょうか。いや、ご本人の聡明さあってのことでもありましょう。
デコちゃん、一時期、麻布で古道具屋?骨董品屋?を開業されてたんだそうですが、その際いろいろと助言などなさったのが、「開運!なんでも探偵団」でおなじみの中島誠之助氏なんだそうです。
続いて、小津つながりで「お早よう」を観ました。
この映画は・・・もちろん大変面白く観たのですが、考えてみるとストーリーとしては「長屋住まいのある家族が、子供にせがまれてテレビを買う」ってだけの話で、登場人物も、一向に凄んだりせず、ただただ淡々とゴムひもやなんかを「買ってくれよう」とブツブツ言ってるだけの押し売りや、毎朝ウンコもらして杉村春子に怒られてる子供や、毎日毎日全く同じおそろいの服しか着ない兄弟や、毎朝天気の話しかしない青年など、全くもって普通じゃ無い、オカシな人ばかりです。人物に限らず小津作品は殆どがそんな感じで、誤解を恐れず書きますが、全くもって妙チクリンな映画ばかりです。
・・・こういうことはだいたい後々になって気づくのですが、最も妙チクリンなのは、「東京物語」の原節子。
戦死したダンナの親父の前で「私、ダメなんです。そんな(上等な)女じゃないんです。」とか言って突然号泣する。
一体この紀子さん(=原節子)は、ダンナが戦死した後、なにをしたんだろうか???「風の中の牝鶏」の田中絹代みたいなことしたんだろうか???と、勝手に想像が膨らみます。
で、親父(笠さん)は、ここで「そんなに自分を責めちゃいけない」とかなんとか言って、さも全てを承知しているかのような笑顔を見せる。一体この親父は息子の嫁とどういう関係なんだ???と、これまた勝手に妄想は膨らむのであります。
突然ですが、小津作品中における最高の俳優は、東野英治郎氏だと私的に思ってます。
元教師のラーメン屋(このラーメン屋も考えたら客が全員壁に向かって食べなきゃならない、という、実に奇妙なつくりでした)の店主や、電器店に転職してさっそく近所にテレビ売り歩くおじさん・・・いやはや最高のキャラです。
黒澤作品「用心棒」の、飲み屋のオヤジも最高でした。あと「どん底」の鋳掛屋と、「七人の侍」で、登場した途端に死ぬドロボウ。いずれも「水戸黄門」の数百倍は魅力的です。これも百聞は・・・です。必見です。
輝いてたって言えば、おそらく日本映画作品中で最も「輝いた」のは、「酔いどれ天使」における三船、ミフネでしょう。いやそうに違いない。そんなわけで「酔いどれ天使」と「野良犬」も観ました。
黒澤作品の中には、いくらなんでもやりすぎじゃないの?という演出etcがいくつかありますが、「酔いどれ天使」でのミフネの病気メイクと、「野良犬」のラストで、ミフネの刑事が前夜の夕立の中逃走した犯人(遊佐=木村勲)を探す際の手がかりとして「泥だらけのクツ」の男を捜すのですが、そこに現れた遊佐の下半身の「泥だらけ」っぷり(あれほど「泥だらけ」なら、注意深く探す必要が無い=すぐわかるだろ!と)、さらに「用心棒」における加東大介のドロボウコントのようなメイクと、あまりにも巨大な酒樽、これが最たるものでしょう。
ですが、そういう姑息なアラ探しなど無意味で、それほどこれらの作品群は素晴らしい。日本の宝ですホントに。
「酔いどれ天使」のミフネは、もはやこの世のものとは思えないほど輝いてました。
最後は無残に、ヤクザらしく死ぬ(ネタバレ御免)のですが、その死に様すら神々しいです。
最も輝いてたのが「酔いどれ・・・」のミフネなら、最も輝いてた人が多かったのが「どですかでん」ですね。
もう、誰もかれもが輝いてました。
逆に、あえて輝かない・輝かせないで成功してるのが、カラー化後の小津作品、とは言えないでしょうか。
・・・以下、長くなりそうなので、後日。