2007年01月27日

役人の娘の今後を憂う。

東国原知事の知事就任・発登庁時、花束を渡してた娘がかわいいってことで話題になっている由。

みてみたらホントにかわいかった。うん、かわいい。
でも、あんまし可愛い可愛いってメディアが持ち上げちゃうのは、ちょっとかわいそうだなぁ、と。
 

彼女は23歳、勤続4年目だとのことで、おそらくは地元の高校卒業後県庁に就職されたのでしょう。
地方都市ではいわゆる「役所」の職員は相対的に「高給取り」で、就職競争率もそれなりに激しいんだそうなので、彼女はきっと優秀な高校生だったんだろうと思う。
で、地元県庁に就職できて、秘書課に配属され事務員となり、で、とりあえず生活の安定も保証され、あとはエリートの男でもつかまえて永久就職し、安穏に暮らす、というのが規定路線だったりするはず。
・・・ってまぁ上記はかなり想像というか妄想も入ってますが(笑)、要するにいわゆる「普通の娘」なはずだと思う次第です。

それが、今度の選挙で当選した新知事がいわゆる有名人で、発登庁時はマスコミなんかも沢山くるだろうから花束贈呈なんかもガッチリやっとかないといかんなぁ、だれか若い娘で可愛いのはいない?ああ、秘書課の彼女なんかいいんじゃないスか?みたいなことで贈呈役に選ばれ、その結果案の定各局のバカTVカメラにさらされ、やれ「癒し系美人秘書」だとかなんとか持ち上げられ、はやされ、果ては、なんか「インターネット」で中傷されたりなんかしてるんだそうで。

彼女はエリマキトカゲとか、二足直立するなんとかグマとか、多摩川のアザラシとかそういう類とは違うんですよ。
レッキとした人間で、しかもおそらくはワタシなどとは違って非常にマジメかつ優秀な娘さんなんです。

そっとしといてやれよぇ!と思うわけです。
花束贈呈した娘がかわいいからナンだってんだよぉ!と、ワタクシは心の底から思い、彼女がさらにバカな婦人雑誌にプライベートをさらされたりしないことを切に祈ります。
“なぎさサンの彼氏は○○だった!”
とか、
“買い物姿を本誌が特写!”
とか。
・・・ああ、ヤだなぁ。ホントそっとしてあげて頂きたい。

あと、彼女は別にヒガシの秘書ってわけではなく、秘書課に配属された事務員、ってことなのだそうなので、おそらくそうそう知事と仕事する・・・どころか知事とそうそう年中対面することも無いんだろうし、また思うに数年で異動しちゃったりするんだろうと思う。
なので、タレント出身知事に美人秘書!みたいな括りも・・・いかにもバカTV局の好みそうなネタというかシチュだったりはするんですが、それはあんまし正確じゃないんじゃないか、と。

投稿者 kome3 : 16:10

2006年07月12日

あまりの安さに怒る。

チャプリンの作品の売値が安すぎる、ということで、当サイト管理人は大いに怒り、且つ悲しんだりしておりました。つい昨日の話であります。

ヨドバシカメラでもって買い物してまして、フト立ち寄ったDVD等ソフト売り場。
あろうことか、チャールズ・チャプリンの各作品DVDが、一枚450円で売られておりました。

450円。

450円。

450円。

・・・安く買えて、気軽に珠玉の作品群が観られるというのは喜ぶべきことなのかもしれませんが、しかしこの「450円」。
さすがに喜劇王に対してこのお値段は失敬ではなかろうか、と。

 
陳列棚には「あの名作を奉仕価格でご提供!」などと、ジャ○ネットで電子辞書を売ってるのかと思わず間違えるような直裁的なポスターが貼られていました。
で、並んでいるDVDスリムケースを手にとると、アホのようにデカデカと「450円!」の文字。
「450円」ってだけならまだしも、この「!」で、ジワジワと増していた当サイト管理人の心中の怒りの炎はもはや鎮火不可能レベルにまで嫌がおうにも高まるのでありました。

不敬だ、喜劇王への冒涜だ、と大いに憤りつつ・・・当サイト管理人は正に怒りに打ち震えつつチャプリン作品DVDを10枚ほど購入致しました。

憤懣やるかたない気持ちを抑えてレジに向かうと、レジのアンちゃんは事も無げに

・・・総計、4500円になります。」

とのたまいやがった。
・・・ただでさえ失敬な料金設定であるところにもってきて、あろうことか、この「450円」は内税でありました。あんまりだ。

あんまりにも頭に来たせいかオシッコがしたくなったので、錦糸町ヨドバシカメラのアンモニア臭いトイレでシーシーし、しかるのちにこのDVD売り場に取って返し、また件の陳列棚に取って返すと、やけに化粧の濃いオバさんが「カサブランカ」のDVDなど手にとってシゲシゲ眺めておられました。
これも・・・この佳作も、450円。
なにしろ下品にもジャケットにデカデカと「450円!」と記載してあるので、遠目からでもわかる。
オバさんはほとんど迷い無く、その「カサブランカ」を携えてレジに向かって行きました。
オバさんよ、アナタの過ぎた青春時代を彩ったであろう佳作が、450円という廉価で売ったり買ったりされていることに、無常を感じる事はありませんか?と、どれだけ問おうと思ったか知れません。
しかし当サイト管理人はいわゆるオトナであるので、そこはなんとかふんばって堪えました。

しかし、この辺で当サイト管理人の怒りも頂点に達し、もはやWカップ決勝でのジダンの如くに正常な判断能力が失われてしまっていたので、あろうことか「市民ケーン」と「第三の男」も購入してしまいました。

どちらも昔買ったりしていたVHSが度重なる再生の結果見るに耐えない画質にまで劣化してしまっていたので、いつか買いなおさなきゃなぁ、などと思ってはいたのですが、まさか「450円」という芸術に対する冒涜としか思えない値段で購入することになるとは夢にも思わなんだ。

実はこの段で、「第三の男」が450円で、なぜか「市民ケーン」が500円である、という事に気付く、という大事件に遭遇するのですが、この際450円が500円でも意味は変わらないのであって、なにしろこの稀代の名作に対して、六本木あたりのコインパーキングだったら1時間も停めておけない程の料金設定がなされてしまっていることに、クドいようですが当サイト管理人はもはや怒髪天をつくというか、もしくは自作がこの値段で、しかもジャケットにビックリマークなど付けられて取引されてることについてO・ウェルズやチャプリンはどういう感想を持つであろうか、と、とにかくいずれにしても不愉快極まりない気分でもってヨドバシカメラを後にしたのでした。

帰宅して、モロモロの雑事を片付け、とりあえず購入作品を観る。
チャプリンはホントに美男子だなぁ、と感心(?)したり、O・ウェルズのソラマメみたいな顔が暗闇にヌー!と出てくるとこでビックリしたりしながら、束の間の鑑賞タイムが終わりました。
  
 
 
 
・・・観後の感想ですが、・・・今回も前回同様非常にグダグダですが、結論としては、450円であろうが500円であろうが3980円であろうが、良い作品はとにかく良いのであって、やっぱり安価で名作に触れられるというのはイイことだなぁ、と。
この調子で、名作郡が廉価でドンドン売られてくれるといいな、と思ったのでした。以上。

投稿者 kome3 : 20:47 | トラックバック

2006年04月08日

(※18禁)亀戸の少女、かく語りき。

今回の記事には、18歳未満の方には相応しくない類の語句が満載です。
っていうか、社会通念上、「好ましくない」内容になってます。
しかしながら、当サイト管理人は、彼女のそんな「好ましくない」とされる発言、所業に惹かれるところがあります。

ニンゲンは弱いもんですから、なにかとオノレを正当化したりするし、したがるもんです。
そのために、新たなカテゴリーがセッセとデッチあげられ、名詞化されていきますね。

売春はいつしか「援助交際」になり、SEXは「エッチ」などという耳障りのよい言葉になりました。

こういう新語にオノレを委ねて、借りてきた言葉(拓郎風)で、なんかエラそうなリクツこねてるヤツら=いろんなモノゴトを「背負う」事から逃げ、現実の自分から逃げつづけてるヤツらより、今回登場するユイちゃんは、ホント、ナンボかエラいです。

ニンゲンの価値ってのは、なんと言いますか、「多面性」というか・・・オノレの持つ「明部」と「暗部」もしくは「強さ」と「弱さ」の差が、そのまま「魅力」の強さになるような気がします。
暗闇を語る彼女の口調はあくまでも明るく、そのギャップがそのまま彼女の魅力になってる、そういう感じがしましたです。

繰り返しますが、今回の記事には、18歳未満の方には相応しくない類の語句が満載です。
そこんとこに注意して・・・では、「続きを読む」をクリック!
 
 

「あたしら、はっきり言って現役じゃないのね。でもおととしくらいまではちょーバリバリだったのね。
最近成人式で暴れてるバカがいるでしょ?あれ、マジでバカ。バカすぎ。20歳じゃとっくに引退。引退してなきゃダメ。
いいトシして暴れてるの、あれは結局ハンパなヤツなの。ウチらハナで笑ってるよ。ウチらの前でやってみ?って感じ。

今、なんか、先輩が(刑務所に)入ってるんだけど、来月出てくんのね。で、そんときちょーヒサビサに集会すんの。

下の子とか今バリバリやってっけど、ウチらOB?OG?どっちでもいいじゃん、とにかくもう昔みたく流したりしないから、うちら。

だから、ひさびさに流すの、かなりウレシいわけね。

わかる?・・・わかんないよね。いいんだけどさ。」
 
 
 
「…マジうれしいよ。今から愉しみ。彼氏いま仕事ないんだけど、軽くバイトはしてて、・・・あ、2こ上なんだけど、単車も売っちゃってて、もうオレ走んないとか言ってんのね。

はっきり言って今カジテツ(家事手伝い)状態で、マジバカこいつ、ってカンジなんだけどー、先週、これ(十字架のネックレス)くれたのね。

マジうれしかったからさ、一回もはずしてないのね。風呂もいっしょ、寝るのもいっしょ、で。」
 
 
 
「…エンコーとか、なんか今コワいじゃん?だからこっちからはゼッタイ言わないのね。でも、ちょーきたねージジィとか、こっちがなんにも言わないのに金くれたりすんのね。

そういうの、なんかムカつくじゃん?

でさー、ユイとか『ざけんなよジジィ!』とかすぐ言っちゃうのね。
ユイのこと、カネやればなんでもやらせる女だと思ってるってことじゃん?

それ、ちょー失礼。マジムカつく。マジムカ。

・・・でも、時際そうなのかもしんないけどね。はは。」
 
 
 
「テレクラ、出会い系、そういうのとかすんじゃん?なんかすげーキモいオトコ多いよね。『ハァハァ男』とか。

わかんない?いきなりシコってんだよ、たぶん。ビデオとかあるんでしょ?テレクラとかって。

『こいつ、終わってるよ』とか思う。家でシコれよ、ってカンジ。

出会い系でもさ、ちょーキモいカキコとか文面あるんだけど、書いてる男の顔とか想像しちゃってダメ。

はっきり言って、エッチとかすごい好きなのね、ユイ的には。

初めて会うオトコで、ノリいい子だと最高なのね。

でも、最近ナンパも、テレクラとか出会い系も、いないよ。キモいのばっか。

だから、メンドイのもあるし、最近逆ナンとかしちゃう。

でもウチらとかヤンキーじゃん?服とかないし、ダメ。ギャルの娘とかがいいんでしょ?みんな。」
 
 
 
「エッチ好きだって言ったけどさ、チンコ入れて欲しいっていうのと、ちょっと違うんだよね。

みんなはどーかしんないけどさ。ユイ的には、ホントはチンコとか好きじゃないのね。

いっしょにいてくれればそれでOK、みたいな。

あったかいのが好きなのね。ふとんの中とかでさ。

でも、みんなチンコ入れなきゃダメみたいじゃん?だから、しょうがないから入れさせてやんの。

いっつも『早くおわんないかな』とか思っちゃうよ。

終わってからさ、背中にくっつくのが好き。

終わると、なんかみんな背中向けるよね。オトコってさ。彼氏は違うけど、ナンパのオトコとか、みんなそう。

チンコしか気持ちよくないじゃん?オトコって。でも、ユイ的にはマンコ以外の方が気持ちいいよ。
・・・わかんないよね。男には、ね。」
 
 
 
「彼氏とか、スゴいパチンコ好きなのね。

でも、カジテツだからカネ無いじゃん?だからユイが出してあげんの。

ちょー信じらんないよね。

彼氏の親、ユイのこと嫌いでさー。

会ったときとか、ユイにケリとか入れてくんの。

痛いし、…っていうか、ちょー悲しいよ。」
 
 
 
「子どもとか好きなのね。

でも、自分のガキとか、想像できないよ。

っていうか作りたくない。

ユイみたくなったらヤじゃん?

それに、チンコ嫌いだしね。はは。」
 
 
 
「チンコ入れらててて、気持ちいいとか思ったことないよ。

マジで無い。

『早く終われー』ってのが、通常。

カネ無いときは、しょーがないからエンコー相手探す。

あと、彼氏がしたいとき。

そういうとき、しかたないから、チンコ入れさすよ。

で、いつも『早く終われー』って。

サビシい女?

だって、チンコ入れさせないと、どっか行っちゃうじゃん?オトコって。

どっか行ってほしくないもん。

マンコでしばってんの。」
 
 
 
「走ってたときとかが、ユイのアクションバージョン。黄金時代。

でも、毎日とか、もうキツいね。オトコといたほうがいいもん。

チンコ無いオトコがいいね。オカマはヤだよ!はは!」
 
 
 
オチはありません。
 
 

投稿者 kome3 : 01:42 | コメント (0) | トラックバック

2006年02月20日

死刑になるべき人たち、病んでる国、その他、その3。

今回は、産経新聞からの引用です。例によって無断転載で恐縮です。

少年3人、ウサギ蹴り殺す サッカー遊び「面白半分やった」
 東京都江東区の小学校で児童が飼育していたウサギをけり殺し、運河に捨てたとして、警視庁少年事件課は動物愛護法違反などの疑いで、同区の無職少年(18)を逮捕、別の窃盗事件で逮捕されたいずれも十八歳の無職少年二人を追送検した。三人は「ゲームのつもりで面白半分にやった」と供述。一緒にいたグループの少年一人が「かわいそうだからやめてくれ」と泣きながら訴えたが聞き入れず、けり続けたという。
 調べでは、少年三人は昨年五月八日午前五時ごろ、区立辰巳小に侵入、小屋で飼育されていたウサギ一匹を持ち去り、校庭や近くの公園でけるなどして殺害。石を入れたポリ袋に入れ、公園前の運河に捨てた疑い。
 公園では約十五分間、ウサギを取り囲み、逃げようとするとけって虐待を加えていた。三人はオートバイ盗やひったくりを繰り返していたグループの一員で、うち二人は同校の卒業生だった。けるのをやめるように訴えた少年は別の小学校で動物の飼育係だったという。少年三人は「最初は面白半分だったがエスカレートしてしまった。サッカーのインサイドキックやボレーシュートのようにけった」と供述しているという。
 死んだウサギはオスで名前は「ゆきのすけ」。辰巳小で約四年前から飼われ、命の大切さの教育にも活用されていた。「ゆきのすけ」がいなくなってから、児童たちは手作りポスターを周辺に張るなどして必死に捜した。並木明校長は「子供たちには『いつかは帰ってくる』『どこかで飼われている』と話していた。非常に残念。それ以上何も言えない」と話した。

いつになっても、どこに行っても、我が国でこの手の事件が無くなる事は無いっぽいです。

この件についての感想というか感傷というか、また諸々書こうかと思ったのですが、私の敬愛し且つ尊敬するプロレスラーの小島聡選手が、見事に私の心情を結果的に代弁してくれてますので、ここでは割愛します。

ホントに見事に、一字一句私も小島選手と同様に考えてました。で、そのことを小島選手は私よりずっと簡潔且つ明瞭に書き著してらっしゃいます。

これも無断でリンク貼らせて頂きます。今回は「無断」が多い。我ながら遺憾です。すいません。
http://leglock.cocolog-nifty.com/kojilog/2006/02/post_a2cb.html こちらです。
全くもって余談ですが、小島選手のblogは、こと「著名人blog」の中だけでなく、日本中全てのblogの中で一番面白いんじゃなかろうか、と思ってたりします。
blogという「メディア」とはかくあるべし、というお手本のようなblogかとさえ思います。
 
 
 
閑話休題。
・・・生きてるウサギ等小動物を面白半分で蹴り殺すなんて所業は、普通、ちょっと出来ないだろ~!と思うんですよ。
何らかの必然性…例えば食用であるとか…があるならいざ知らず、「面白半分」に、ってところに、異常性を感じます。感じないわけにはいかない、というか。

大昔の中国、孟子だったか老子だったかが言ってたそうです。
いわく、人間には本質的に「人に忍びざるの心」もしくは「惻隠の情」というのがある。
例えば穴に落っこちそうな子供がいたとしたら、人間というのはその子を助けようとせずにいられない生き物である、と。
すなわちこれが「性善説」というやつである也、と・・・大昔、世界史?倫理?だかの時間に習った覚えがあります。

しかるに今回の件のクソガキどもは、無抵抗な、ものも言えない小動物を、なんの必然性も無く、本人達いわく「面白半分に」蹴り殺している。
なんでこのアホガキたちがこういう所業をなしえたか。
ここまでの答えは簡単で、彼らがもはや人間ではないから、ということに尽きちゃうと思うのですが、では何故彼らは人間でなくなっちゃったか。

当サイト管理人には、ちょっと思い当たるフシというか、その関連が想像できる体験があるんですよ。




・・・あれはもう3年も前になりますが、当サイト管理人は、江東区内の某小学校の「先生」をやったことがあります。

ちょうど全国の小中学校で完全週休二日制が導入された時期だったんですが、その小学校では本来休校である土曜日に、様々な職業etcの地域の「大人」を講師に招いての「課外授業」を行ってまして、私にその講師として白羽の矢が立った、という次第です。

私の授業は「ビデオ制作講座」。
小学生に映像制作は難しいんじゃない?という意見もあったらしいんですが、いやいやどーして最近の子供は昔に比べてビデオカメラなどに触れる機会も多いし、ここはひとつ…!ということでの依頼でした。

せっかく依頼頂いたんだから本格的に、ということで、エイゼンシュテインのモンタージュ理論だとか、クロサワ映画におけるマルチカメラであるとか、宮川一夫であるとか、我ながらかなり本格的な計46ページものテキストを作ったり、教室上映用に小津のカラー作品やクロサワの「どん底」の馬鹿囃のシーンなどを編集したりなどしたもんです。

その本格的さが災いしてか、もしくはあまりにもスパルタすぎたせいか、初日に20人以上いた受講希望児童が最終日には3人になり、また講師陣は大抵毎年受け持つはずであるのに私のところにはこのとき限り現在まで二度と依頼が来なくなっちゃったりなど、これはこれでまぁ色んな話があるのですがそれはともかく、この全5回に及んだ我が講座進行の中で最も印象的だったのは忘れもしない初日。

小学生のこの手の「イベント」参加時の常ではあるのでしょうが、この初日、非常に教室が騒がしかったんです。
で、当初からスパルタ式にコトを進める所存であった私は、当然の所業として、騒いでる子供達を、ノンのちょっとだけ叱ったんです。

“こら!きみたち、授業なんだから静かに!”

と。

・・・その時の子供達の顔、未だに忘れません。

キョトン、と、呆然と私の顔を観る、その顔。

そこには、萎縮も、反抗の意思もみられず、ただただ「キョトン」と、みんなして私の顔をみる、その顔。

かつて野球部だった時代も、社会人になって部下を叱ったときも、相手にあんな顔をされたことは無かった。


・・・初日の講義を終えて、先生方と歓談する時間がありましたので、さっそく聞いてみました。
教室には、おそらくは講師の監視役として先生方もいらっしゃいましたので、ストレートに聞いてみました。

“なんであの時、あの子らは、ああいうリアクションをとったんでしょうかねぇ?”

それに対する先生方の答えがスゴかった。

いわく、基本的に今の子供達は、大人に怒られる、という体験が皆無である、と。
親はほぼ子供を叱らないし、我々教師も、子供を叱る、子供に怒るということはしない。

“だから、きっとみんな、安藤さんに怒られたのが、人生で初めて他人から怒られた経験だったんだと思います”

だってやんの。

じゃあ、なんで親や教師は怒ったりしないのか?・・・これの答えもスゴかった。

“今の児童教育というのはですね、子供の人格や人権も最大限に保障する、というスタンスで成り立ってるんでねぇ”

(そんなこと当然だろこのバカ)みたいな顔して言われました。




・・・以前もこのblog上で書いたような気がしますが、誤解を恐れずに書きますが、私は、子供を人間扱いしちゃいけない、と思うんですよ。

もっと言っちゃうと、子供は人間じゃない、だから、「人権」なんぞ未だ持たなくてよろしい、とまで、場合によっては思ったりします。

子供達は・・・彼らは「人間」になるための修行期間の途上にいるのであって、そんな彼らを、早々に、またヘタに「人間扱い」してしまうのは、真っ当な人間になるための修行における妨げでしか無い、と思うのです。

逆の視点からいうと、ワレワレ大人は、それこそ全身全霊でもって、人間未満の存在である彼らを「人間」にまで育てなければならない・・・これが大人の責務というか義務というか、だとも思うのです。
上記したような「惻隠の情」などなど、人間が人間として持ってて「当然なものごと」は、ワレワレ大人が未熟な彼らに刷り込んでやらなければならないはずです。

こういうことを言ったり書いたりすると、“だから、そういうことはちゃんとクチで説明してあげて・・・”だとか言ったりする人がいるんですが、「人間として必要な・大切なこと」というのは、往々にして、論理思考~認識能力や、場合に寄っては言語中枢が、その「クチで説明したこと」を呑み込めるようになるほど成熟してから教えたんじゃ手遅れだったりするんですよ。
理屈でどうこう言う前に、体で覚えさせなければいけないことだって多いはずです。
そのためには、怒られたり怒鳴られたり・・・あくまでも行為する側に確固たる信念と資格があるのであれば、という前提付きですが、体罰も場合に寄っては必要だと思うのです。
理屈でなく悪いことは悪い、良いことは良い、ということを教え込まなければいけない重要な時期(のひとつ)にあるであろう小学生が、全く誰にも怒られたりすることなく生活している・・・これは他でもない本人にとっての悲劇です。
キツく叱ったりすること自体が彼らに対する人権侵害だ、ってんなら、子供に人権など与えちゃいけません。


(これは余談ですが、上記の「理屈でなく悪いことは悪い、良いことは良い、ということ」、これらの概念はその「理屈でなく」という性質上、例えば国や民族、地方によって多少の異なりが出てきて然るべき価値観だと思います。この場合、この「多少の異なり」の集積が、それぞれ「らしさ」、民族性や風土の基になってるのではないか、とも思う。昨今日本でも「地方の時代」~「地域性の見直し」などとよく言われてますが、それはイマイチ上手い事進まないのは、この辺にも事情があるような気もします)


地球上の殆どの生物は、大抵、生殖し、子孫を産み落とし、その子が一人前になるのを見届けて死にます。
昆虫なんかの場合、タマゴが成虫になる前に親は死んじゃったりしますよね。これは彼らにとってのいわゆる「教育」が、タマゴを生んでそれが孵化したくらいで完結しているから、なわけです。
しかるに、人間は約80年生きてたりします。
これはその間に「若者」に伝え教える事が残ってるからに相違無いはず。
それが自然の摂理ってやつです。

子供の人権を保障して云々、などというのは、単なる責任回避・・・もはや国家ぐるみでのサボタージュ、ひいては神への冒涜だ、と。

もしくは、認識の甘さですね。
何の必然性も無く、罪も無い小動物をなぶり殺しにしちゃったりなど、教えなくたってしないだろう、みたいな甘さ。


さて、今回の件のバカガキ(18)×3名ですが、要するに、人間として刷り込まれてなきゃならない基本的な事さえ学べずに18年生きてきちゃった、ってことなんでしょうね。
彼らは人間として必要な事を学べず、生まれっぱなしの単なる哺乳類として18年間生きてきてしまったんだろう、と。
ずっと上の方で「異常性を感じる」と書きましたが、これは、彼らがあまりにも年相応に育ってない、という部分に対するアレルギーだったような気がします。

残念ながら、もの言えぬ小動物を殺しちゃいけない、とか、そういうことしたら可哀想だとかっていう事柄は、18歳になってからじゃもう刷り込めない事柄だと思います。
だから、ちょっと更正はムリなんじゃないかしら。彼らにとってよっぽど革命的な心的情動でももたらされなければ、このトシで新たな、しかもこのようなかなり根源的な刷り込みは難しいように思います。

そういえば、足立区・綾瀬で起こった、女子高生コンクリート詰め殺人事件、これの共犯の男、出所後にまた恐喝だかなんだかやらかして捕まったですね。
かつて自分の犯した上記事件を、自慢げに吹聴して廻ってた、とのこと。
 
 
やんぬるかな、です。
 

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2005年12月10日

死刑になるべき人たち、病んでる国、その他、その2。

2004年12月17日付にて記しました件に続きまして、またもや表題のような事柄を発見してしまいました。

例によって日刊スポーツからの引用。


光市母子殺害事件、元少年の無期見直しか
 山口県光市の母子殺害事件で、殺人罪などに問われた当時18歳の元少年(24)について、最高裁第3小法廷(浜田邦夫裁判長)は8日までに、来年3月14日に弁論を開くことを決めた。最高裁が弁論を開くことで、無期懲役の2審広島高裁判決が見直される可能性が出てきた。

 この事件では、被告が犯行時、死刑が適用される18歳になってわずか30日しかたっていなかったため、量刑が最大の焦点になった。

 1審山口地裁で検察側は死刑を求刑したが、判決は「更生の可能性がないとはいえない」と無期懲役を言い渡し、2審判決も「残虐だが計画性はなかった」などと検察側の控訴を棄却。広島高検は「高裁判決の量刑は過去の判例と比べて不当に軽く、市民感情からも死刑が相当」と上告していた。

 1、2審判決によると、元少年は99年4月14日、排水検査員を装って会社員本村洋さん(29)宅に上がり込み、妻弥生さん(当時23)の首を手で絞めて殺害。泣きやまない長女夕夏ちゃん(同11カ月)を床にたたきつけた上で絞殺し、弥生さんの財布を奪った。

 今回の決定を聞いた本村さんは「まだ正式な形では聞いていないが、弁論が開かれるということは2審の無期懲役の判決が見直される可能性があるということで、大変うれしく思っている。裁判所は1審、2審を通じて長い間、苦渋の判断を迫られていたと思うが、今度こそ遺族が納得できる死刑判決が出るよう望んでいる」とコメントした。


・・・この犯人は、そういやまだ死刑になってなかったんですね。


以下は毎日新聞からの引用。

元会社員は99年4月14日、光市内のアパートで、主婦、本村弥生さん(当時23歳)を
暴行目的で襲って殺害。遺体を陵辱後、近くで泣き続ける長女夕夏ちゃん(同11カ月)も 絞殺。さらに弥生さんの財布を盗み出した。
山口地裁は(1)犯行時は18歳と30日で発育途上(2)法廷で被害者らに思いを致し 涙を浮かべた様子から更生可能性がある(3)生育環境に同情すべき点がある、など から無期懲役を言い渡した。

控訴審で検察側は、元会社員が拘置所内から知人2人に出した手紙計27通を 証拠提出。「無期はほぼキマリでして、7年をそこそこに地上にひょこり芽を 出す」「犬がある日かわいい犬と出合った……そのまま『やっちゃった』…… これは罪でしょうか」などの文面から「更正の可能性も到底認めることはできない」と 改めて死刑を求めている。

山口地方裁判所は、「死刑にしなかった理由」として、

 ・まだ18歳だから発育途上である
 ・法廷での態度(のみ)から、まだ更正の余地がある、と判断
 ・育った家庭etcの環境が悪かったから、その辺同情の余地がある

といった点を挙げています。


理由になってない。


と思うのは、ワタシだけですか?

被害者のダンナさんである本村洋さん、著書刊行やTV出演など、この件について様々な活動されています。
それに対して、調子にのりすぎ、みたいな評もチラホラきかれます。

いやいや、まだまだ。
オレだったらもっと「調子にのっちゃう」と思う。


・・・と、今日、こんな話をしてましたら、ある人いわく、

「いやいや、カンタンに死刑にしちゃいけないですよ」
「日本のシャバってとこはですね、こういう犯歴を背負ったのヤツにとって、死ぬよりつらいところなんです」
「日本社会は、そういう仕組みになってるんですよ」

とのこと。

わかったようなわかんないような話ですが、確かに、なんとなく、良くも悪くもそういう空気がこの国には満ちているような気がします。

あ、でも、逆に、こういう犯歴保持者(?)が何不自由なく生きていくための「組織」なんてのがどっかにありそうな気もする。
代々木あたりで仕事してると、たまーにその手の「空気」に触れて、なんともいえない気分になることがあります。

そういったことを踏まえつつ、考える。
こんなことが実際ワタシの身に降りかかってきたらどうするか。
もし私の愛する妻と子が同じ事されたとしたら、どうかな…と夢想する。

・・・ああ、確かに、案外、ことさらに死刑を望まなかったりするかもしれません。

どうせなら出所後、自分のこの手で死刑執行したい、と思うような気がします。

「殺人」に対して、「殺人」で報いる、というのは、・・・いや、わかってますよ、不毛です。それはそうです。そこからはなにも生まれません。いたずらに死人が増えるだけです。
法治国家の構成員として、そんなことが許されるわけない。そんなことは百も承知ですが、少なくとも当サイト管理人は、この件について、犯人の死刑を望まない人たちとは付き合いたくない。
彼らは法治国家の優良な構成員であり、文明人かもしれませんが、ワタシはそういう人を人間とは認めないです。

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2005年06月22日

国辱。

こんなに悲しい話もそうそうありません。以下また例によって日刊スポーツ紙面よりの引用。

<ボクシング:フライ級10回戦>◇20日◇東京・後楽園ホール
 「浪速の闘拳」亀田興毅(18=協栄)が、移籍初戦を179秒KOで飾った。元WBC世界ライトフライ級王者サマン・ソーチャトロン(36=タイ)との10回戦。亀田は1回に右ボディーで2度のダウン、最後は左フックで3度目のダウンを奪い、2分59秒KO勝ちした。世界王座10度防衛の相手に圧倒的な攻撃力で、後楽園ホールを満員にしたファンのハートもわしづかみ。デビュー以来無傷7連勝(6KO)で、目指す世界王者へ再スタートを切った。

リング上では179秒で元世界王者を沈めた。前傾姿勢でガードを固め、様子をうかがったのも30秒だけ。「最初のパンチ、ガードの上やったけど全然パンチなかった。あれで勝てると思ったわ」。元王者の衰えた攻撃力を見切り、一気に攻めに転じた。

「今日のデキはよすぎる。4回ぐらいまで行くんが理想やけどな」と父史郎氏(40)はぜいたくな不満を口にした。金平会長も「非常に満足している」とエビス顔。協栄の亀田は、最高の形で第1歩を踏み出した。

・・・あのサマンが、こんな醜態をさらすことになろうとは。

ボクシングファンなら極めて当たり前に知ってることですが、サマンはかつて名チャンプでした。
別格中の別格、「神様」リカルド・ロペスには苦杯を舐めましたが、その後は世界J・フライ級を文字通り制圧、詳しくはhttp://www4.pf-x.net/~iyanbox/career-record/WORLDWBC/WBCLF/saman-sow-jaturong.htmこちらを参照頂きたいのですが、正に世界中の強豪たちを総なめという感じでした。
その対戦相手、当時からのボクシングファンには非常に懐かしい名前が並びます。
ハイメ・アリグインは井岡の噛ませ犬として来日したやつだな、とか、そういえばウンベルト・ゴンザレスに引導を渡したのがサマンだったんだな、とか、細野、八尋、ガンボア、と、日本のジム所属のホープたちにとって非常に高い壁だったな、とか。
・・・そう、皆それ相応の期待を背負ってサマンに挑んだ(中でも八尋はかなり期待されてましたっけ)んですが、皆この小柄で温厚そうな顔立ちのタイ人に歯が立ちませんでした。いやホントに「歯が立たない」って感じでした。

10回の世界王座防衛を果たし引退、しかしその後津波だか地震だかで金銭的に大きな損害を受け、3年ぶりにカムバックし、現在2連敗中。
・・・亀田と対戦したサマンは、もはや往時のサマンではありませんでした。
あの鬼神のように強く、日本の期待を背負って立ったホープたちの前に何度となく立ちふさがった、あのサマン・ソーチャトロンはそこにはいませんでした。
いたのは、「昔強いボクサーだったタイ人のおじさん」でした。


今回、ここでワタシが何を言いたいかというと、このマッチメイクはどうなんだ!?という、そこのところに尽きます。
亀田の、この試合までの計6戦、相手は全てタイ人でした。
それも、一説(かなり信憑性の高い「一説」)によると、全員一度も勝った事の無い選手らしい。
0勝6敗とかそんな感じのヤツばっかしだそうです。
で、今回7戦目のサマン(ちなみにサマンもタイ人)は上記したような状況・・・なんだ、マトモな選手は一人もいないじゃありませんか、と。

亀田選手そのものは、確かに素質もあり、その体つきから察するにストイックなトレーニングを真面目にこなしている様子です。
彼が考えなければならないのは、与えられた対戦相手に「勝つ」、そのことのみであるべきで、実際彼はそういうオノレに課せられたボクサーとしての使命に忠実に従いました。

いいんです。リング外で何を言っても、とにかくキミはボクサーとしての義務である「勝つための努力」を十二分にし、どんな対戦相手であろうとも、唯一無二の目的である「勝利」を得ている。
だから、キミはとにかく充分素晴らしいボクサーです。それは、ちゃんと、わかる人がみればわかる事です。誰に恥じる事はない。

恥じなきゃいけないのは、その周りのろくでもないオトナたちです。

まず、こういうマッチメークは、今まで業界を支えてきた、いわゆる「目の肥えたファン」にとって、ドッチラケ以外のナニモノでもありません。
全く勝敗に対するスリルもなく、攻防の技術に対する堪能への期待も無い。

例えグリーンボーイ、4回戦選手の試合であっても、そこには上記したような ボクサーとしての義務である「勝つための努力」を十二分にし、どんな対戦相手であろうとも、唯一無二の目的である「勝利」を真摯に目指すもの同志だからこそのスリルがあります。
また4回戦選手なりの攻防技術を堪能することもできます。
しかし、亀田のこれまでの7戦には、なーんにもありません。
そりゃそうで、苦心して、決してそういうものがあらわれたりしないようなマッチメークを組んでるからです。
亀田がどうやって勝つか、というスリルや面白みさえここにはありません。

名前も知らないタイ人選手との対戦が6戦ほど続き、そろそろちっとは名前の有る選手とやらないとマズいかな、でもここでリスクの少しでもある選手とやるわけにはいかないし・・・誰かいい按配のヤツいない?・・・サマン?ああ、あのサマン?なんか懐かしい名前だねぇ、今なにしてんの?・・・ほー、カムバックしたの。で2連敗中?そりゃいいかもな・・・!
ってな感じで決まったんでしょうね、この試合。
で、亀田はその期待通りに勝つ。
でも、この試合そのものや結果に期待し満足しているのは、ほとんどボクシングを見たこと無いくらいの人や、亀田がとにかく勝ちつづけることによって具体的な利益が得られる立場の人たちだけです。

そういや、亀田自身は、こういう試合が組まれつづけることに、満足しているのでしょうか。
彼は・・・まぁ辰吉と比べちゃ可哀想ですが、少なくとも並以上の才能を持った選手です。
で、生真面目に、ストイックに日々トレーニングしていることは、リング上の彼の体つきをみればわかります。

7試合もやっちゃんたんじゃもう手遅れかもしれませんが、あまりイージーな「試合」ばかり繰り返し、それになれてしまうことは、彼にとって非常に良くないことのように思います。
高橋直人のようにガンガン強豪と連戦しろ、とは言いません。
しかしボクサーにとって、試合そのものから学ぶべきものも多くあるように思います。


・・・それにしても、
「最初のパンチ、ガードの上やったけど全然パンチなかった。あれで勝てると思ったわ」。元王者の衰えた攻撃力を見切り、一気に攻めに転じた。
・・・いや、こんな悲しいことはありません。
世界王座を10度防衛、超軽量級でありながら5連続KO防衛した豪腕が、いまやこんなありさま・・・。

トシは取りたくないものです。
そして、サマンの今後の人生に幸あれ、と。

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2005年02月20日

こんなことばっかし言ってますが・・・

ある国がある国を植民地にしようとする時、しばしば「愚民化」という方策が採られるそうです。
要するに、ターゲット国の国民をアホ化してしまえば、進出・侵略もラクである、という発想ですね。
アヘン戦争と呼ばれる一連などはその究極的なものですね考えてみれば。

その際、その国の国民はヒサンですね。
知らず知らず、おそらくは長い長い時間をかけて少しづつアホになっていき、気がついたら我が祖国は植民地、自身は奴隷になってた、ってなわけですからね。

先日かなり久方ぶりに、某幼稚園の「こどもかい」を収録しに行きまして、その帰路、このことを痛切に思いました。

当サイト管理人はかつて某CATVで地域コミュニティ番組制作の仕事をしてた時期がありまして、幼稚園から小中学校の行事etcを、大げさでなく年がら年中撮影し、編集し、放送してたもんです。
退社~独立起業してからはかなりその機会も減りましたが、先般、知り合いの制作会社様より発注頂きまして、いわゆる下請けとして(ってそれはどーでもいいですが)久方ぶりに都内某幼稚園に赴いた、って次第です。

園長センセイによる「はじめのことば」を皮切りに、合唱、合奏、劇、とプログラムは進んで行ったわけですが、かなり違和感を覚えたのは、劇。
なんだか知らないけど、主役がたくさんいるんですよ。

年少組さんによる「桃太郎」では、桃太郎が5人。
5回公演なわけじゃないですよ、一度に5人登場するんです。
桃太郎が5人並んで、おじいさんおばあさんからキビダンゴを手渡されたりするんです(そういえばおじいさんおばあさんは一人筒づつでした)。
その他、王様が3人出たり、マッチ売りの少女が6人いたりするんです。

なんでこういう事態(?)なってるのか?・・・収録終了後、ある程度答えは予想できましたが、センセイに聞いてみました。
センセイいわく“原作通りに、誰か一人を主役にしてしまう=その子を特化する形になってしまい、イジメの遠因となりうるから”とのことでした。

・・・私的には予想通りの答えで面白くもなんともなかったのですが、あえて続けて聞いてみました。
“では、そういう事態にならないような題材を選べばいいのでは・・・?”

これに対する答えは、さすがに予想できまでんでした。
“いや、ウチでは、(規則で)毎年年少さんは桃太郎と決まってるんですよ”

・・・「教育機関のセンセイ」という肩書きの方の発言には、驚かされることがしばしば、です。
その事自体はかつて何度も何度も何度もあった同種の経験によって承知しており、また同時にイチイチびっくりしたり、怒ったりしてもキリが無いってこともよくわかってますので、特に大して感情も動きませんでした。
しかし、毎年年少さん、年中さん、年長さんの出し物・演目が決まってるってのはスゴいな、と。
年長さんは一年目は自分たちが「桃太郎」やって、2年目・3年目とも下級生の「桃太郎」を観るわけです。
そして、いずれの「桃太郎」にも、5人前後の桃太郎が一度に登場するわけです。
桃太郎役の子がイジメられたりしないように、という配慮の中で。


我が国は、自らの手で自らを「愚民化」するという、世にも珍しい国になってしまったようです。
植民地にしてくれる国大募集!って感じです。

このことは、もしかしたら「ワタシのパンツ買ってくれる人大募集!(目の前で脱ぎますよ)」などとWeb上に書き込む事と同系列にあるのかもしれないですね。
○万円払うから目の前で脱いでくれ!って言われないでも、自分から売っちゃうぞ、という。

あ、・・・もしかしたら、どっかの大国が、ニホンに対して「愚民化」しかけてたりするのかも、ですね。
「誰にも気づかれないようなやり方」で。

投稿者 kome3 : 04:27 | コメント (0)

2005年01月10日

サヨク的だったり、ウヨク的だったりしつつ。

高校や大学出たての女性、首尾よく就職できたとしても、せいぜい手取りは20万?そんないかないのかな?なにしろそんなもんでしょう。
しかも、昨今は激烈なる就職難だそうで、男女雇用機会均等法が施行されて久しいにも関わらず、なぜかことに女子の就職率…就職内定ゲット率がトンでもなく低いみたいです。
そんなこんなで、いまどきの若い娘は慢性的金欠なはず。金なんて無いに決まってます。

親と同居してたらまぁまだマシでしょうが、これが地方出身者だったりすると、これはホントにキツイはずです。
都内に住んじゃったら、ワンル-ムでもまぁ7万以上、これに食費etcを加えたら、遊興費等はそうそう簡単に捻出出来るもんじゃありません。

しかしながら…そんな具合でおそらく成人以上の全世代中で最も金欠であろう彼女たちであるにも関わらず、そんな彼女らを主ターゲットに設定した商品etcがあまりにも多いような気がします。
例えばちょっとコンビニでも行けば、入り口そばにはブランド品だとか旅行だとかの雑誌が、アホみたいに多種並んでます。
またテレビでも付ければ、そんな関係のCMや番組がイヤでも目に入ってきます。
どこそこ行くときは、こんなアクセサリーを付けろだとか、こんな服着ていかなきゃダメだ、ダサい、などなど。
そして、なんだか芸能人がその通りのカッコして出てたりする。
“ワタシみたいにオシャレになりたくない?”
と、これは無言の脅迫ですよ。
冷静に&客観的に見ると、その誘惑のスサマじさはある意味暴力的にも感じられます。

これじゃですね、こんな環境の中に、フンベツもつききれて無い娘を投げ込んだら、そりゃ横道にそれたりもしますよ。
マトモに働いてるだけじゃ、「各メーカーや媒体の設定した標準」に到達できないんですから。
特にキャリアも無く、手に職も無い娘が、そういった誘惑に抗しきれなくなっちゃったら、中には割り切って売春に走る娘がいたって不思議は無いですよ。近年はそういう相手探しも10年前あたりと比べてとてつもなく簡単に、且つ気持ちよく…プライドが傷つかないままに履行できるようになってますからね。
端末をある程度使いこなせれば、誰でも売買春できる・・・しかも、そのプロセスは巧妙にプライドを傷つけないような仕組みになってる・・・いや、スゴい国ですよ我が国は。

また、ちょっとした盛り場を1人でブラついてりゃ、いくらでも「スカウトマン」に出会えます。
彼らは商売ですから、「誘惑に抗しきれなくなっちゃった娘」をカキ集めるのくらい簡単な所業です。
そういう娘ら、そりゃAVにも出るでしょう。ソープにも行くでしょう。
ほんのちょっとだけ割り切ってしまえば、、「各メーカーや媒体の設定した標準」に到達できるんですから。

そういう娘らを、なんか非常にキレイ事な世界で、安直に批判したり否定するヤツが多いですが、いやいや、誰がそんな彼女らを批判出来るでしょうか。

金なんか持ってるわけないの分かってて、にも関わらず、そのフンベツの無さに付け込んで暴力的な誘惑してくるヤツ。
「安直に批判したり否定するヤツ」ってのもこの種の人たちだったりするのですが、一番悪いのはこういうヤツらですね。
弱いものイジメってのはこのことです。
他人の…彼女らの欲望を無責任にあおるだけあおって、その末に彼女らがどうなるかくらい分かりそうなもんです。
いや、分かっててやってんですねきっと。あれだけ的確に彼女らの欲望をあおれる程のマーケティング能力があって、その末の事がわからないはず無いですからね。

彼らは決まって、彼女らにフンベツが無いのが悪い、みたいな説を唱えがちですが、これもオカシな話です。
有形無形のアプローチでもって、現という時代はそういうフンベツなど無用の時代ですよ!と言って廻ったのはほかならぬそんな彼らですから。

今回は特に若い女性に関して書きましたが、レベルの違いこそあれ、どの世代層もそういう波の中に入ってる・入れられてることは間違いないです。
かくして、少しづつ日本という国はダメになっていくのかも知れません。

投稿者 kome3 : 19:27 | コメント (1)

2004年12月31日

ホントに日本はヤバいんじゃないか?という危惧。

むかーしに放送されてたドラマ「あばれはっちゃく」のシリーズが、この程DVD-BOXの体裁で発売されるそうです。
そういや人気ドラマだったのに、最近再放送とかされないなー、などとつらつら考えつつ、その関連リンクなどを辿り眺めておりましたら、その理由について触れているサイトを発見しました。
そこによると、再放送されない理由として、その大きなひとつが「内容的にふさわしくないから」という説が挙げられてました。

ご存知の方はご存知だと思うのですが、簡単に説明しますと「あばれはっちゃく」シリーズとは、
「勉強は苦手だが、運動・ケンカ・悪戯なら誰にも負けない腕白少年あばれはっちゃくこと桜間長太郎が学校・家・近所などで巻き起こす出来事をユーモラスに描いた人気シリーズ」
です。
昭和54年の放送開始から実に6年間に渡って放送され、最高視聴率は20%を超えたってことですので、間違いなく広く支持を集めた作品だった、と言えようかと思います。
なにしろ「腕白少年」ですので、学校や家庭内でさまざまな騒動を巻き起こすわけで、桜間少年はその度にオヤジ(東野英心)にブン殴られたり、先生に廊下に立たされたりするわけですが、そんなシリーズの何が「内容的にふさわしくない」のかというと、正にその部分がマズい、というわけです。

・先生に廊下に立たされる=他の生徒との差別化(?)=“いじめ”の遠因となり得る、また子供の人権を蹂躙する行為である
・オヤジにブン殴られる=児童虐待・・・体罰の否定

ってな次第です。
CSetcならまだしも、いかに人気作品であったとはいえ、そういう内容のものを地上波で流すのはマズいだろう、という判断です。
・・・このことは前述したように、「説」であり、すなわち、あくまで想像に過ぎなかったりするのですが、私的にはかなり信じられる「説」です。
当サイト管理人は、請われて小学校の課外授業の「先生」をしばらくやってたことがあるんですが、その際に見聞きしたモノゴトから考えると、きっとそうに違いない!と思います。思わざるを得ない、というか。


「ゆとり教育」という考え方から、公立の小中学校では先般より「学校週休二日制」が導入されております。
で、それまで登校日であった土曜日に、フリースクールとでもいうのか、地域の「オトナ」を外部講師として招いて、「普段学校では学べない事」についての授業を行なう、といった趣旨のことがあちこちで行なわれています。
例えば大工の棟梁氏は校庭で木工作教室をやってましたし、ワタシの友人の落語家は教室で落語教室などをやってました。
で、ワタシは「ビデオ撮影・編集教室」ということで、毎週土曜・計8回に渡って某公立小学校にイソイソ通ってた時期があります。

ワタシは子供を「子ども扱い」することが非常に嫌いなので、この授業に際して、16ページに渡る「教科書」を手製したり、エイゼンシュテインによるモンタージュ理論のテキストを引っ張り出したり、クロサワ作品の「どん底」を上映用テキストとして(勝手に)再編集して持って行ったり、などなど、かなり本腰を入れて授業に臨んだもんです。

しかしながら、・・・まぁ予想の範囲ではあったのですが、あくまで受講希望者のみの講義であったにも関わらず、ガキども子供達の態度が非常によろしくなかった。

よろしくなかった、なんてもんじゃなく、これほどあからさまに態度の悪いクソガキ子供たちばかりだとは思いもしませんでした。予想の範囲ではありましたが、そのレベルはワタシの「想像」のキャパを大きくはみ出るものでした。
小4~6年生12人ほどがワタシの授業を希望してくれまして、教室に一同に会したわけですが、例えば授業がつまらなくて飽きちゃって騒ぎ始める、とかいうことならわかるのですが、授業のスタートの時点から、勝手に席を立っちゃったり、などなど、ショッパナからまさに荒れ放題。
で、私的には当然のこととして、ワタシは当該の子に対してキツい注意・・・ありていに言うと怒鳴りまくったりしたわけですが、それに対する子供らのリアクションは非常に意外なものでした。

ワタシに怒られた子は、ほぼ例外なくあるリアクションを取ったです。
「キョトンとした顔して、ボーッとこちらを見る」
というものです。

不思議そうな顔をして、しばらくワタシの顔をシゲシゲと見る、というか、眺めてるんです。
怒られたことでおびえるでもなく、また怒ったワタシへの媚びやへつらいの色も無く、ただ純粋に「キョトン」とし且つ「ボーッ」としてるんです。
怒ったこちらが恐怖を覚えましたですよ。

講義終了後の懇談の時間中、集まっていた数名の先生に聞いてみました。

子供たちはなんであんなリアクションをした(しか出来ない)のか。

先生らはほぼ即答で、

“今の子供達は、「大人に怒られる」という経験を全くしていない”
“ゆえに、なぜ自分が怒られてるのかわからない”
“というより、おそらくは、“なんであの人は怒ってるんだろう?”ってな感じで受け取ったのではないか”

と、答えてくれました。

・・・こりゃ、スゲー事態だなぁ!と思ったです。
幼稚園児じゃない、小4~6年生という、いわゆる「高学年」の子らですよ。
こういう世代の子らにして、大人に怒られたっていう経験がほぼ皆無である、という、この現実。
恐ろしいハナシではありませんか?

さらにワタシは質問を続けました。

そんな事態を認知しているにも関わらず、なぜあなた方は相応の処置に当らないのか?
具体的には、なぜあなた方はこんな事態の渦中にあって子供を叱らないのか?怒らないのか?

先生方、これにも、即答してくれました。

いわく

“問題になってしまうから、しない”

とのこと。
ちょっとキツく叱ると、すぐにPTAから抗議が来るので、したくても出来ない、ということでした。

そういった抗議に対しても毅然とした態度で臨むのが「職業意識」ってものなんじゃねーの??という言葉がノド元まで出かかりましたが、そもそもそんな発言をしちゃう人たちなわけですから言ってもムダなのは自明でしたので、はぁ、先生方も大変ですねー、とかなんとか言ってその場を辞しました。


・・・なにしろ、今の子供達は、大人に怒られるっていう経験が乏しいようです。
大げさでなく、ほぼ皆無、という状況らしいです(地域差etcはありそうですが)。
つまり、今の子供達は、「ちゃんとした大人」になるために必要な事を、ほとんど教わらず・その機会も与えられずに年齢を重ねざるを得ない状況のようです。

ワタシは、・・・言葉はキツいですが、子供には「人権」は無い、と思ってます。
もっと言うと、彼らはまだ「人間」ではない、などとも考えます。
当然ながら、決して、虐待してもいい、もしくは、「家畜」としてコキ使ってもいい、という意味ではありません。
彼らは、将来、人権・・・「権利」と「義務」と「責任」をそれぞれ全うできるリッパな大人・・・人間になるための、いわば修行の時期である、と思うのです。
将来、一人前の「人間」になるため、正にその為だけのために、彼らの日常はあるべきだとも考えます。
だからこそ、悪い事は悪い、良い事は良い、ということを、この時期にキチンと、体で覚えさせなければいけない。
そのためには、多少の体罰も仕方ないんじゃないか、とも思っています。
ちゃんとした人間になるために必要な事は、場合によっては体で覚えさせなきゃいけないケースだってあろうぞ、と。

逆に言うと、彼らに上記の様な「教育」を施す側・・・我々オトナも、子供らの範たるに足る「リッパな大人」でなければならないわけです。
体罰がしばしば問題になってたりするのは、確かに必要以上に過敏に反応するPTA等もいるのかもしれませんが、殆どの場合、「子供らに上記の意味での「教育」を施すだけのレベルに無い大人」がそれを行なってしまってるから、だと思うのです。
人を育てるってのは大変なことです。ですが、大人には、子供を育てる義務があります。
自分の子だけではない、全ての子供らを、上記したような「リッパな大人」に育てる責任があります。
これはキツいことかも知れませんが、考えてみれば人間、いや、生き物は全て、先達の背を見、その立ち振る舞いを範として成長し、継がれていってるわけですからね。


「先達の背を見、その立ち振る舞いを範として成長する」という図式が崩れてしまった社会etcには、もはや未来は無い、と思えます。
お父さんは「マイホームパパ」になり、先生は抗議etcを恐れて具体的行動に出ない・出にくい。
近所のおじさんおばさんは、自分の子以外の子供には無頓着・無関心を貫く。
で、まだちゃんとした道徳観念・判断力を持たない子供達は、自らの嗜好・本能にまかせて無軌道に野放図に年齢を重ねる。
・・・そりゃ、こんなんじゃ、未来など無いですよ、我がニッポン。

投稿者 kome3 : 03:04

2004年11月28日

ガキにはネットを禁ずる、という案。

今日「も」こんな事件があったらしいです。以下のソースはサンスポですが、おそらくはどの新聞にも出てる事件です。

【社会】「小さい子に触りたかった」小3女児に抱きつき男逮捕
 香川県警坂出署は28日、小学3年の女児(9)に抱きついたとして香川県迷惑防止条例違反(みだらな行為の禁止)の疑いで、同県○○町、アルバイト○○○○容疑者(23)を逮捕した。
 調べでは、同容疑者は24日午後1時半ごろ、同県坂出市内のスーパーで、友達といた女児に「記念写真を撮ろう」と声を掛け、後ろから抱きつくなどした疑い。
 ○○容疑者は「小さい子に触りたかった」と容疑を認めているという。同署は同様の余罪があるとみて調べている。

武士の情けで(?)氏名、住所は伏せましたが、このオトコ名前でもってgoogle等で検索すると、こいつによるあちこちのBBSへの書き込みがワンサカ出てきます。
主に小中学生が集う、というか、じゃれあうというか、馴れ合ってる類のBBSで、このオトコは時にはオトナのオトコとして、また時には小学生と称して、馴れ合い・じゃれあいの書き込みをモノしてたりします。
「友達になってね!」とか、場合によっては「エッチ友達募集!」とかいう感じだったりもします。
で、これらのBBSのうちのいくつかでは、このオトコも、多少キモがられつつも、ある種の形で肯定されて受け入れられてたりもしてたようで、恐ろしいことこの上ないです。

こういう真性かつ悪性のロリコン氏のことはおいといて、少々ビックリしたのは、こういうBBSやチャットに書き込んでる子らについてでした。
彼ら彼女らは、こういう真性悪性ロリ属性男も、ホンjのはずみで受け入れちゃったりするんです。
あまりにも無防備・・・危なっかしいことこの上ない。

そこで思った。

16歳未満は、インターネットアクセス禁止にしたらどうか、と。

何によらず物事には功罪、メリット・デメリットがありますが、16歳未満の
子供にとって「インターネット」という媒体はデメリットばかりです。

ネットのメリットってなんだ?と考えるに、例えばオンデマンドによる簡便・迅速な情報収集、地域格差の是正・・・ああ、こういう「メリット」は、もっと大人になってから享受するんで充分です。
子供にとっては、この対価としてのデメリットがデカすぎる、と。

■理由その1。
子供ってのは、背伸びしたがるもんです。
各プロバイダ、ポータルサイトでは、子供向けのサービスをあれこれ展開してるようですが、例えば小学生は「小学生向けサイト」だけで満足するわけないです。
もっと「大人のもの」を、もっと刺激的なものを、という方向に向かうのが正常なガキ像です。
最初は「Yahoo!きっず」とかで楽しんでても、すこしづつ、よりアングラな、またより「大人向け」なサイトetcに進んで行く…子供ってのはそういうもんでしょう。

ワタシがガキの頃にネットなんて無くてよかったな~、と思います。
中学くらいの頃に、フリーで使えるPCがあって、常時接続のネット環境があったら、例えば、まず間違いなくエロ画像見まくりです。
で、サイト運営者の口車にあえなく乗って、出会い系サイトの2、3には登録したかもしんない。
(そういや小学校の「パソコン室」って、休み時間中に出入り自由、接続自由だったりするんですってね。狼の群に羊を放つようなもんだ。好奇心の強い子は検索制限なんて破るの簡単ですよ)

…なにしろ、ネット上には、子供に見せるべきでないものが溢れてます。
それはエロや「出会い系」云々に限らず、「子供がちゃんとした大人になるために必要なものを否定し、奪うもの」…こういう類のもの全てです。
で、それらが、近来にないレベルの容易さで手に入り、また触れることができる・・・これが現実です。


■理由その2。
もうずいぶん昔のことのように思えちゃうのが恐ろしいですが、ちょっと前に、長崎は佐世保の女子小学生が同級生(というか友達)をナイフで殺しちゃった、という事件がありました。
聞くと、この子もネット上での人間関係トラブルがなんらかの原因になってる、とのこと。
掲示板で悪口書いたとか、HP荒らした・荒らしてない、みたいなことだったようですが、ある意味…殺すまで行くかどうかは別にして、子供がバーチャルな人間関係でもってトラブるのは必然です。
まっとうな自我・人格形成の出来てない子も、ネット上では、リッパな一人前の人間として、その場を与えられ、一人前の人間として発言する機会があたえられちゃう。
・・・そりゃトラブるっての。

ハムだとかの、いわゆるメディアアマチュアによる不特定に対する「通信」は、元来免許制・・・その資格のあるものにだけ許されてたことだったはずです。
それが、ハムだとかの数十倍の情報のやりとりが可能な「ネット」に、なんの資格制限もない…いわば完全フリーであるってのは、あまりにも危険だと思うのです。

子供がネットする時は必ず大人もそばに付く、とか、そういう水際で防ぐ事もアリでしょうが、その肝心な大人で、ネット社会にある程度精通してるってレベルの人が、残念ながらまだ圧倒的に少ない。・・・こりゃアテになりません。

一回パンドラの箱を開けたら、もう閉めらんないです。
その中身を、キチント受け止め、時にはサラリと流せられるだけの人格形成が出来るまで、ネットなどさせないのが賢明だと思うんです。


だから、16歳未満はネット禁止。

投稿者 kome3 : 23:42