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東京都の震災がれき受け入れについて。

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なんだ、苦情出してる人がいるんですねぇ。 「岩手・宮古市から震災がれきを受け入れた東京都に苦情が相次いでいることに対して、石原 慎太郎知事が一喝した。」というニュースに関してですが。

岩手は宮古、って、福島(原発)からはヘタしたら東京より遠いんじゃないですかね。東北ってのは広いんですよ。その辺が在京だとピンとこないですけどね。
ああ、東京に持ってくる際に福島至近を経由するわけなので、その際に「放射能」をくっつけてこられたらカナワン、みたいなことなんでしょうかね。・・・って、そんなわけないかな。

オレ自身は、今回直接的に処理が行われる江東区民だったりするんですが、受け入れには賛成です。っていうか、反対するにはその理由があまりにも乏しいです。反対したくってもできないだろ普通に、と。
震災直後は盛んに「この痛みを分かち合ってガンバろう!」とかなんとか喧しいくらいに言われてましたが、いざ我が身に降りかかってくると(って、 実際のところ何も「こない」わけですが)、やいのやいのと反対する、という、こういう姿勢はそのまんま「偽善」ですよ。なんの益も無い存在です。
がれき処理ぐらいしなきゃダメよ。他人事じゃないんですよ。

・・・とかいいつつ、反対する人の、なんというか、そう、「心理」は、これはわからんでも無いです。
なんとなく思うに、「がれき」に「死」を見てしまうんですよねきっと。「放射能」だナンだ、ってのはむしろその言い訳というか、逃げ道で、ね。
震災時のメディアで繰り返し流された、あの被災地の映像。あれがベースイメージとなって、ほぼ無意識のうちにあの「がれき」を「死」のメタファーとしてしまう、という、そのキモチは非常に良くわかります。
これはもう本能ですから、やはり理解しないとこれまた「偽善」に堕ちてしまうかもしれません。

しかしねぇ、今は「がれき」ですが、3.11以前は、いろんな人たちの、思い出の詰まった品だったり、団欒の場であったりしたわけでね。
それはほぼ一瞬で「がれき」になって、あろうことかその処理さえ疎んじられるモノになってしまう、という。

悲しいことです。

「放射能問題」で右往左往。

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先日twitter上で、ホントにわけもわからず突然に

「このアカウントは自分たちが広告屋であると堂々と名乗っている。金をもらって反原発潰しの世論工作をしていると自白しているようなもの」

なんて書かれましてね。
ホントに全く心当たりが無いので、ネット上では基本的にスルー・リアルでは格好のネタとしてあちこちで吹聴して使わせてもらってる次第なんですが、とにかくそのお陰か、ここんとこ知らない人からダイレクトメールをいくつか頂いています。

「そういうあなたは体調に問題ないんですかっ!健康被害はないんですかっ!!!!」(原文ママ)

ってのも頂いたんですが、この場合、なんも無い、って返信すると逆上されそうでね。でもホントになんもないんですけどね。

そもそも問題なのは、放射能による障害というのが往々にして5年後10年後、引いては子々孫々の代になって出てくる、ってとこだと認識しているの ですが、twitterのTLを覗いてみると、やれ鼻血が出たとか眼が充血してるとか、そういう類を放射能による健康被害としてしまってたりするんです ね。

「ウチの子(4歳)、今まで出したこと無いのに鼻血が出た!」

とか、

「あの事故以来、なんか体が重いんです!」

とか、

「突然、顔にできものが出来た!」

とかね。
オレは当然ながらそのスジの専門では無いのでいい加減なことは書けませんが、4歳くらいの子が鼻血出したりするのは自然だろう、と。
事ほど左様に、ナンでもカンでも「放射能」と結びつけちゃうのは、はてさて・・・です。

ナントカって精神医学者の方も仰ってましたが、この度の原発事故に関しては、確かに「正しく怖がる」という姿勢が大切なわけですが、過度のリアクションによる精神への負荷、この方がよっぽど問題なんじゃなかろうか、と思うわけです。

先日、新聞だったかの記事にありましたが・・・どっかの小学生(女児)がお母さんに、

"もう放射能のことは言わないで!学校でそんなこと言ってるのお母さんだけ!"

"私もみんなと同じ給食食べたいし、みんなと外で遊びたいの!"


とキレてしまったそうなんですが、それに対して当のお母さんいわく

"ごめんね、でも、あなたを守ってあげられるのはお母さんだけなのよ。だから我慢してね"

と。・・・こういう話は悲しいねぇ。悪意が介在せぬまま、ひたすら傷つく人がいる、というね。

あと、東京から沖縄に「避難」した女性が、引越し先での生活費を東電に請求した、なんて記事もありましたね。
こんなんが許されるなら、オレも「避難だよ!」と言い張って沖縄移住しちゃうところですが、この女性は「本気」なんですね。本気で「放射能」からの避難を考え、実行した、という。


「放射能」によって我々はどういう被害を被るのか。この辺についてはいわゆる閾値があるわけでもなく臨床実験結果があるわけでもなく、要するに 「誰にもわからない」というのが正しい現状認識だったりするわけで、それは即ち、少なくとも当分の間我々は「右往左往」するより他に術無し、ということに なります。

だとすると、我々は、なんですか、トットと「右往左往」に慣れるしか無いってわけですか。なるほど。

難しい問題である。

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以下は2011年9月20日11時46分読売新聞からの引用です。


埼玉県警草加署は20日、同県八潮市新町、無職熊田盛容疑者(55)を廃棄物処理法違反(不法投棄)容疑で現行犯逮捕した。

 発表によると、熊田容疑者は同日午前2時50分頃、自宅から約250メートル離れた同県草加市稲荷の市道沿いにある民 家の塀の前に、半透明のビニール袋に入れた自分の排せつ物8個(約1キロ・グラム)を投棄した疑い。塀の前には空のドラム缶1本と花のプランター3個が置 かれており、熊田容疑者は調べに対し、「排せつ物を捨てれば、片付けてきれいにすると思った」などと供述している。

 この民家の前では6月から今月1日にかけて、同様の不法投棄が12件あり、警戒にあたっていた同署員が、排せつ物を捨てる熊田容疑者を発見、取り押さえた。


> 自分の排せつ物8個(約1キロ・グラム)を投棄した疑いとあるけども、「排せつ物」、要するにウンコを指しているのだと思うのですが、これの数え方は果たして「個」で良いのでしょうか。

"ウンコが○個"という表現は適切なんだろうか。
「本」とか「切れ」とか、場合によっては「発」とかでもいいんじゃなかろうか。

若しくは、「○回分」でもいんじゃないですかね。ただこの場合、一回の排便における総排出量を平均化する必要がありますね。これは性差や世代差などもあってかなり難しいと思われるので、やっぱダメかもしれない。

そういう意味からも、
> 自分の排せつ物8個(約1キロ・グラム)
とありますが、これは必ずしも「8回トイレに入った分」では無いんですよね。一回で2「個」とか3「個」排出する人もいるでしょうからね。
場合によっては。、、2、3回トイレに入って、やっと1「個」排出、ってこともあろうかと。


以下は余談というかちょっと思い出したのですが、先日、都内某所の某喫茶店チェーン店で、あろうことかフロアにウンコが落とされた、って「事件」があったそうです。そこで働いてる・・・っていうか実際それを片付けた人から聞きました。
レジで金払って"あちらのテーブルで受け取ってください"とかいわれますが、その卓の前に、ひと塊、落ちていた由。

どうして「塊」の形状を保ったまま落とすことが出来たのか、ズボン(スカート)の裾から落としたのか、もしくは外部から持ち込まれたのか、真実は闇の中、だそうです。
(ちなみに、しばし営業を止めて、洗剤やらアルコールやらで死ぬほど掃除処理したそうです。泣きながら。)

さぞかし店内は臭かったろうな、と思うのですが、コーヒーの臭いにごまけて、臭い自体はさほど気にならなかった由。
そういや各種の麻薬を海外から運び込む際、コーヒーの中に紛れ込ませたりするとか聞きます。さしもの麻薬犬のハナもこれにはお手上げ、なんだそうで。ホントかどうか知りませんが。
コーヒーの消臭力はバカにできない、ということになりますね。


ところでこのオッサンは、どうやって「半透明のビニール袋」にウンコ入れたんでしょうか。
シャベルとかで掬ったんでしょうか。もしくは、じかに、でしょうか。どういう形状の袋なのかわかりませんが、じかにそれを行うのは結構難しいですよこれは。ちょっとズレたら悲惨ですよいろいろ。
普通にトイレでしたほうがラクに片付くと思うんだけどな。


あと、オシッコはどうしたんだろうか。別の形でどっかに「不法投棄」したんでしょうか。

このたびのこと。その1、当日など。

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リアルに迫り来る「死」、それに対して人間はどう反応するか。どのようなリアクションをとるのか。このたびの震災と原発事故によって、その類型をさまざま 見せられてきた感じがあります。特に震災発生から数日間には、ネット内を見ても、怯える人、なぜか居丈高になる人、虚無に落ちる人、やたら粗暴になる人、 と、実にいろんなリアクションを見ることができました。
まるでハリウッド映画などのCGのような「津波」や、無残に瓦礫化した街の風景がクドいほとメディアに流れ、そしてなにしろ「原子力発電所」が、 あろうことか複数回に渡って「爆発」したりしてるわけですから、こういったリアクションを笑える人など一人もいないはずです。これで多少なりとも「死」を 意識しないでいられるような人はそう多くないでしょう。ビビって当然、このたびの諸々は、それほどの・・・各々の死生観が露呈してしまうほどの大事だ、と いうことです。

早いもので震災発生からまもなく4ヶ月にもなります。ホントにアッという間の4ヶ月でした。そういえばここ数日、やたら寒かったあの頃がウソのよ うな酷暑が続いています。季節が180度入れ替わるくらいの時が経ったんだなぁ、と、エアコンのフィルター掃除などしながらフト思いました。

白黒ハッキリさせりゃいいってもんじゃないのだ。

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なんでもカンでも白黒ハッキリさせればいいってもんじゃない、と思うのです。世の中には、「白」、「黒」と同列且つ同格でもって
「白なんだか黒なんだかよくわからないけどまあいいか!」
という価値観が存在するのであります。

「大相撲」なんてのは、この3つ目な価値観の極北です。
"八百長のウワサもあるねぇ、でも取組みるとガチっぽいなぁ、でも・・・まぁその辺は、ねぇ"
というのが大相撲の醍醐味の大きなひとつだったりするんですよ。

むしろ「なんでもカンでも白黒ハッキリさせればいい」という価値基準、これの方がオレ的には摩訶不思議です。
っていうかね・・・あくまでも私的にですが、この「白なんだか黒なんだかよくわからないけどまあいいか」という価値観を理解できるかどうか、若しくはどこまで咀嚼できるか、そこんとこでそのニンゲンのインテリジェンスの多くが問える、と思います。
なんだかよくわからん、な事柄をいかに・どこまで具現的に捉えられるか。ここが豊穣な人生を送れるか否かの分水嶺ですよ。

もっとハッキリ言っちゃいますとね・・・「なんでもカンでも白黒ハッキリさせればいい」なんてのは、これはアホの発想ですよ。そう思えてなりません。


しかし、この「白黒ハッキリ」という思想、いったいどっから来たものなんだろうか。西洋的な思想かっていうと必ずしもそうでもない気がします。 WWEに熱狂してるアメリカ人たちのうち、それがガチ試合だと思って観てる人は恐らく皆無でしょう。リング上の選手等がガチで闘ってるわけではないことを 理解しつつ、それでも彼等は赤・青コーナーの選手の応援に熱中しています。で、そんな様を「非常にアメリカ的だ」なんていう目でワレワレは見ています。
そんなわけで、どうやらアメリカ文化の影響ってわけでもなさそうです。じゃあなんなんだ、と。どっから湧いてきた発想なんだろうか。

とにかく、こういうルーツもよくわからん思想・発想に踊らされてはイカンです。

とりあえず、世の全ての「試験」で、マークシートを廃絶することかは始めなきゃイカンですかね。

阪神・淡路大震災から16年。

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今日の「天声人語」も阪神・淡路大震災が題材でしたが・・・今日は心震える内容でした。ちょっとご紹介します。

明治末、当時の報知新聞に賞金付きの川柳投稿欄が設けられまして、社会部長で小説家でもあった野村胡堂が自ら選者を務めた由。
で、彼が「不朽の名作」としたのが、下記の一句です。

「するが町広重の見た富士が見え」

「するが町」というのは今の日本橋のあたりですが、関東大震災でもって界隈に立ち並ぶ高層の建物が軒並み崩れ落ち、その結果かつて広重が見た・描いた通りに富士山が心ならずも望めてしまう、その様子・・・そうなってしまった町並みの様子を詠んだものだそうです。
俳句だ短歌だ川柳だ、というものにオレは丸っきり門外漢ですので、この句も"なんのこっちゃ?"と言う感じ・・・いや、そうさえも考えなかったくらいなのですが、この解説を読んで、思わず背筋が伸びましたね。
あるべきもの・・・単にそこにある建物だけでなく、それも含めた町の世界観というものが一瞬で瓦解してしまった、その後で呆けたように立ち尽くす、放心状態の空気感。なんと恐ろしい句か、と、朝から震えました。

しかし、後段の紹介される句で感じた恐怖感は、まだ記憶が生々しいだけにそんなレベルじゃなかったです。

「平成七年一月十七日 裂ける」

阪神・淡路大震災の、まさにその朝、地元神戸の川柳作家の方が詠んだ句だそうです。
都内在住のオレとしては、そうか、あのとき、なにもかもが「裂けた」んだな・・・と思うしかありません。


さてさて・・・オレは当時も在京でしかも今以上に愚かな大学生でしたが、

http://bit.ly/8o0nLC

これは観ていました。
その後メディアに関わる仕事に就き現在に至りますが、番組中の発言については自戒するばかりです。

またまた24時間TVの件。とくにマラソン。

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想像通り今年も、やれ偽善だとか企画がつまらんとか出演者のギャラがどうだとかアレコレ言われてるようですが、なにしろ「やらない善よりやる偽善」です。 そもそもナンだカンだ言われつつ平均で約16%、最高で35%の視聴率という数字を叩き出してる以上、コンセンサスはこの「やる偽善」の側にあります。そ れは否めない事実です。
今回も取り急ぎ2億円だかの浄財が集まった由。それだけの集金がこの「24時間テレビ」以外に出来るか、って話ですね。

ただねぇ、この番組中の「マラソン」の企画、これはセコい。意義云々以前に、企画としてあまりに陳腐ですよやっぱし。
24時間テレビのいわば「象徴」として、その時間中ぶっ続けで行われる企画、果たしてそれが「マラソン」でいいのか?と思ってしまう次第です。

24時間(実際はそれ以上)に渡る番組そのものには「チャリティ」という統一テーマが設定され、全てのコンテンツがそれに則って制作されてるにも関わらず、事実上主軸企画となっているこの「マラソン」にだけそれがないんですよね。
マラソンという行為そのものには「チャリティ」の意味がどこにも存在しないわけでね。

っていうか、そもそもこのマラソンには、「チャリティ」云々の話以前に、そもそもなんの必然性も無いですよね。なんかいつのまにか風物詩的に定着 してしまってますが、考えたら「いきなりマラソン」なんです。そういやなんでマラソンなの?、と問われたら、どう考えても後付けの理由しか出てこないで しょう。

24時間ブッ続けでなにかを行って、その結果(チャリティ的な)○○が生まれる・できあがる、みたいな次第ならいいんですけどね。その方が目論見としての「ゴール=完結時の感動」が生きる・・・より感情移入できるものになると思う。
なにしろ・・・"目論見としての「ゴール=完結時の感動」"と書きましたが、そのための方策として考え出された企画が「マラソン」ってのは、あまりにも安直なんじゃないかと思う。ベタベタというかね。

もうひとつ。
法的な義務はどうなのか知らないけども、日本テレビは、これはやはり収支を明らかにしなきゃいけません。大メディアとしてそれは必須だろうと思います。
募金で領収書を要求するヤツはおらんので、その辺は日本テレビ側のいわば良心に委ねられるわけですが、ここのところはどうなってんだろうか。ある程度はサイトなんかで公表されてるみたいですが、なにしろ2億オーバーですからね。カッチリやって頂きたい。


最後に繰り返しますが、「やらない善よりやる偽善」。
チャリティの名の下に24時間で2億集めるってのは、これはやっぱしスゴいことですよ。政治家だって一晩で2億集めるのは至難でしょう。
またそういう意味で、TVメディアってのはダメだダメだと言われながら、まだまだ死んではいませんなぁ、と思います。その是非はともかく。

山本モナさんの件。

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山本モナさんが結婚して芸能界引退、だそうです。
トラは死して皮を残すとか言いますが、その道を志した以上、どういう理由で去るにしろ何らかの形を残していきたいと思うわけです。しかるにこの「山本モナ」とかいう方は、ここで辞めちゃったら単にお笑い種という存在でしかない。事実上表現者としてなーんにも残していないわけですが、果たして、なにより本人はそれでOKなんだろうか。良い大学出て難関のマスコミ受験の網を掻い潜り、して、天下の朝日放送のキャスターまでやって、これで辞めちゃってなんの悔いも無いのでしょうかね。オレ的には不可思議だったりさえします。

そんなこと言ったら今の「TVタレント」と括られる人の中で、例えば代表作と言えるパフォーマンスを残してる人がどんだけいるか、という話になっちゃうわけですが、これはその方が異常なんですよね本来は。
制作費削減傾向にあるとはいえ、まだまだ「地上波TV番組」の制作費は他メディアに比べて群を抜いて高額、相対的にかなり潤沢に表現のためにお金を掛けられる状況にあるはずです。
そんだけお金を掛けての「表現活動」が日々飽くことなく続けられてるにも関わらず、その出演者がひたすら「使い捨て」状況である、という、考えたらこんな異常なこと、そして不遜というか傲慢というか、なによりもったいない事は本来あっちゃいけません。

TV番組制作者には、出演者が自身の「代表作」をモノできるような、それが期待できるような制作姿勢を望みたいところです。
で、出演者の方も、真摯な「創作」姿勢でいて欲しい、それがイヤな人はマスメディアから去り、相応の舞台に活躍の場を見出して頂きたい、と思います。本来「芸能人」というものはそういうものだったはずです。
でもって、それはきっと視聴者にとっても、スポンサー側にとっても多大なメリットがあるはずです。

ところでこの山本モナさんですが、キャスターの仕事が決まると決まってその直後に露見するスキャンダル、一度ならず二度までも、というのは・・・なんか、思わずちょっとウラを勘繰ってしまいます。
もしかして、モナさんがキャスターに抜擢されると困る人(たち)がいたりするのでしょうか。

ただ長文なだけで中身は乏しい

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またまた痛ましい事件が起きてしまいました。下記は2010年7月30日22時23分発の読売新聞記事からです。
 
大阪2児遺体、23歳母「世話嫌になり家を出た」

 大阪市西区南堀江1のマンションに男女2人の幼児の遺体が放置されていた事件で、大阪府警捜査1課と西署は30日、母親の風俗店従業員下村早苗容疑者(23)を死体遺棄容疑で逮捕した。

 下村容疑者は容疑を認め、「子供の世話が嫌になり、いなければよかったと思い、2人を残して家を出た」と供述している。府警は下村容疑者がネグレクト(育児放棄)の末に2人を死なせたとみて、殺人や保護責任者遺棄致死容疑での立件を検討する。

 発表によると、下村容疑者は6月下旬、自宅マンションに長女の桜子ちゃん(3)と長男の楓(かえで)ちゃん(1)を置き去りにし家を出て、数日後に帰宅した際、2人が死んでいるのを確認したが、そのまま遺体を放置し、遺棄した疑い。

 司法解剖の結果、2人は死後約1~2か月で、死亡直前数日間は何も食べていなかったとみられる。死因は特定できなかったが、いずれも栄養不足状態だった。

 下村容疑者は「ご飯をあげたり、風呂に入れたりするのが嫌になった。ご飯も水も与えず、子供たちだけで生きてはいけないことはわかっていた。『助けてやらなければ』という気にはならなかった。(置き去りにしてから)1週間後には死んでいるかもしれないと思った」と話しているという。

 下村容疑者は勤務先の同僚男性に携帯電話で呼び出され、30日午後、待ち合わせ場所に現れたところを捜査員に任意同行された。
 
・・・あえてこのソープだかヘルスだかの女を非難することは控えてみます。そういうことはオレ以外の多くの皆さんが既に書いてます。恐らくおんなじようなことを書き連ねるだけで、それは詮無い事です。
そもそもオレは独り者で、しかもどっちかというとブラブラしてる感じで生きてますので、だいたいこの女を非難する資格があるのかどうかからして疑わしいです。おまえさんにアレコレ言う資格は御座いませんよ、と言われたら、言い返す術が無い。少なくともそういう自戒が我が心中にあります。
間違ってもこの毎日新聞の記者氏のように、テメーらの「不祥事」は棚に上げて

> 大阪市こども相談センターには、マンション住民から虐待を疑う通報が
> 3月30日~5月18日に計3回あった。計5回の訪問をしたが、呼び鈴を押しても
> 反応がなく、不在票を置いて引き揚げた。子どもの安否確認や警察への連絡も
> しなかった。

などという、奥歯に物の挟まったようなインケンな言い回しでもって社会制度・構造批判するような、卑怯で下品で鉄面皮なヤカラにまでは堕ちるまい、と思って止みません。
(連絡「も」 しなかった、だってさ。ナニサマのつもりで書いてんでしょうかね、余談ですが)

大学の同級生の話。

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卒業してから既に20年経過してますのでもはや記憶も朧ですが、私は「日本大学芸術学部映画学科監督コース」ってとこを出てます。
キャンパスは西武線の江古田にありまして、毎日クソマジメにセッセと通ったものです。
・・・しかしまぁあの当時は、まさか自分がカメラ担いで現場出たり、編集・MAしたりするとは夢にも思わなんだ。監督コースってのはどちらかとい うとそういう事柄を他者にさせる「部門」でしたんでね。

ここには我が監督コース以外に・・・ホントに記憶も曖昧なんですが、撮影・録音コース、演技コースなどがありました。
3年次と4年次には、彼等と組んで「3年実習」「卒業制作」ということで、大抵の場合16mmフィルムでもって、映画作品を1本「制作」します。 監督コースの人間が脚本書いてコンテも切って、撮影・録音コースが現場で撮影・録音し、演技コースのみなさまが「俳優」として出演するわけですが・・・私 はこの3年実習で猛烈にモメましてですね。
もう、特にキャスト、出演者全員が敵で、四面楚歌というか針の筵というか、まぁ自分で蒔いたタネってな部分もあるんですが、なにしろ、それはそれ はヒドイ現場になったものです。
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
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